第67話 炎天下の待ち合わせ

 サマー・アイドル・ステージが開催される前日の土曜日。


 7月も半ばを迎え、夏が本格的に到来していた。




 俺は、身支度を終えて午前十時に自宅を発った。


 うだるような暑さが、アスファルトを焦がす。


 太陽は当然のようにギラギラと照りつけており、蝉の鳴き声が街路樹から降り注ぐ。




「あちぃ……」




 俺は額から流れ出る汗を拭いつつ、足を速めた。


 そして、十時半過ぎに目的地へと到着する。




 その目的地は――AISURU・プロダクションのテナントビルの裏手にある、専用駐車場だ。


 指定された集合時間は11時だから、かなり時間に余裕を持って到着できたな。




 そんなことを考えながら駐車場へ向かうと、修学旅行とかで使いそうなバスより一回り小さいバスが一台停車していた。


 ロケバス、的なヤツだろうか?




 バスの前には既に十数人の人が集まって、何やら忙しなく動いている。


 その中に、見知った人影を見つけて俺は駆け寄って行った。




「すいません花島社長。少し遅くなりました」




 別に遅れていないが、社交辞令的にそう言う。


 何やらバッグの整理をしていた花島るみ(独身)は、俺の方を振り返った。




「あら~暁斗ちゃん、ぐっもーにん! 全然OKよぉ、別に遅れてないし。それより、無理言って協力してもらって悪いわね」


「いえ、することなかったですし」


「そう? まあ、無理強いした分ギャラは弾むから、期待しててね」




 振り返った花島社長は、笑顔で言った。


 花島社長の格好は、夏に映えるグリーンのプリーツスカートと、白色のオープンカラーシャツだった。


 非常にラフであり、かつ大人の色気が漂っている。




 花島社長は、控えめに言って美人だ。


 スタイルもいいし、気さくな部分も含めれば、結構モテるんじゃないかと思う。




 そんな花島社長が、ぐいっと顔を近づけてきた。


 香水か、それともシャンプーの残り香だろうか。柔らかな香りが鼻腔をくすぐり、女性に免疫の無い俺は必然、心臓の鼓動が早くなる。




「ふむふむ、以前もそうだけどなかなか地味な私服を好むのねぇ。今度私好みに……いえ、私がコーディネートのお手伝いをしてあげるけどぉ。どう? 今度一緒にお出かけでも――いたぁい!」




 突如、背後から頭にチョップを噛まされた花島社長は、涙目で頭を抑える。


 恨めしそうに振り返ったその先には、ジト目で睨む丸山さんがいた。


 こちらも私服だが、薄手のシャツとジーンズをキッチリ着こなしている。




「何するの、秋之ちゃん!」


「それはこっちの台詞です。暁斗さんがお気に入りなのはわかりますが、不必要に迫るのは自重してください。セクハラで訴えられますよ」


「えぇ~、いいじゃない。私別に性的な誘惑はしてないわよぉ、ねえ暁斗ちゃん?」




 そう思わない? という視線を向けられ、俺は「は、はぁ……まあ」と頷くことしかできない。


 それで「我が意を得たり」とばかりに、花島社長は得意げに胸を張った。




「ほらね。暁斗ちゃんもそう言ってるじゃない」


「はぁ……暁斗さんが気を遣ってくださってるだけですよ。本人がセクハラだと思えばセクハラになりますから」




 真面目な丸山さんは、そう釘を刺す。


 俺としては、振り回されるのは大変だけど花島社長のことは嫌いじゃない。


 誰も彼もこんなテンションで接しているわけじゃないと思いたいが、事務所の体裁を保ちたい丸山さんからすれば、気が気じゃ無いだろう。




 俺の中では既に、芹さんのプロデューサーという印象はなりをひそめ、花島社長のお守り……もといストッパーという認識で固定されている。


 苦労するなぁ、と思った。




「あ、そうそう。会場に着いて下準備を終えたら、夜のパーティーに参加することもできるけど、どうする?」




 不意に花島社長から、そんな提案を受けた。


 俺は、今回の参加にあたり迷惑を掛けないよう、予めタイムスケジュールなど最低限のことは頭に叩き込んできている。




 本番は明日の夕方五時から、夜九時まで。


 出演するアイドルとそのバックアップを担当する者達は、前日から準備やら動線確認などに追われる。




 それが終わった後、関係者を含めた盛大なパーティーが今夜に執り行われるのだ。


 それに列席しないか、という誘いである。




「参加したいのは山々なんですが、一つ問題が――」


「なにかしら?」


「俺、私服しか持ってきてないですよ。たぶんパーティーは正装ですよね?」


「ああ、それなら問題ないです」




 そう答えたのは、丸山さんだった。




「暁斗さんには事務所の備品であるスーツを貸し出しますから。元より、明日の本番ではテレビに映らない我々も、皆正装で事に当たります」


「そうなんですか。では、お言葉に甘えても?」


「ええ、いいわよぉ。ただ、羽目を外してお酒を飲まないようにねぇ~」




 流石にそれはしない。未成年だからな。




「社長こそ、飲み過ぎて翌日の本番で二日酔いなどにならないでくださいよ」




 丸山さんが、社長に釘を刺す。




「わかってるわよぉ。私がそんな計画性のないこと、すると思う?」


「飲み会に行く度に酔いつぶれて動かなくなるのは、どこの誰でしたっけ」


「う」




 丸山さんの冷たい視線に当てられ、押し黙る花島社長。


 あー、なるほど。前科あり、か。


 流石にこの大事なときに、羽目を外すようなことはないと思うけど。


 苦労が絶えないな、丸山さん。




 そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。




「すいません、遅くなりました」




 その声に振り返ると、そこには肩で息をする芹さんが立っていた。

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