第68話 いざ、ハナビー・アリーナへ

 芹さんを見て、俺は脳天を殴られるような衝撃を覚えた。


 彼女の私服を見るのは、今日が初めてでも無い。


 それなのに、いつ見ても良い意味で見慣れない。




 今日のファッションは、黒のブラウスに、ベージュのカーゴパンツ。


 胸元には小さなアクセサリを付けている。


 なんというか……凄く大人びて見える。




「あらぁ、明日の主役の登場ね。期待してるわよ、なずなちゃん」


「はい、精一杯頑張ります、花島社長」




 芹さんは、少し緊張した面持ちでそう答える。


 どうやら、気合い十分のようだ。


 ――と、芹さんが不意に俺の方を向いた。




「あ、暁斗さん……今日はその、よろしくお願いします」




 しどろもどろといった様子で、そう声をかけてくる。


 


「よ、よろしくお願いします」


「それで、その……あの……」




 ちらちらとこちらの出方を窺う芹さん。


 何か言いにくいことでもあるのか、一向にその先を紡ごうとしない。




「えっと……何でしょうか?」


「い、いえ! そんなに大したことではないんですけど! す、すいません、迷惑でしたよね!」




 慌てて両手をブンブンと横に振る芹さん。


 迷惑というわけじゃないが、イマイチ状況が掴めない。


 一体芹さんは何を伝えようと――




「おほん」




 そのとき、後ろの方にいた花島社長がわざとらしく咳払いをした。




「あー、なんか今日のコーデ自信ないのよねぇ。相手からどう思われるかわかんないしぃ、特に男性からの評価は、どうしても気になったりするのよねぇ~」




 わざとらしく服の襟元を掴んで、パタパタと仰ぎながら、独り言とは思えない大きさの声で口にする。途中、チラチラ俺に目配せするのも忘れずに。


 あー、そういうことか。




 俺は芹さんに向き直り、「今日の服装、落ち着いた物腰で素敵ですね」と伝えた。




「あ、ありがとうございます!」




 芹さんは、頬を赤く染め、頭を下げてくる。


 これでよし。自分で気付けなかったのはマイナス評価だが、今度からは気をつけよう。


 前は芹さんが俺の髪型を褒めてくれたから、流れで言えたけど……改めて褒めるのって照れくさいよな。




 とにかく、バックアップしてくれた花島社長にはお礼を言って――




「花島社長。婚期を逃したくないからって焦る気持ちもわかりますが、大声でそういうこと言うのはどうかと思いますよ」


「ぐふっ……ち、違うの丸山ちゃん。私はただ、暁斗ちゃんを――」


「だから、暁斗さんに対してセクハラ発言するのは、やめてください」




 有無を言わせぬ丸山Pが、花島社長に言葉のナイフを突きつけた。


 


 マジか。


 花島社長が一番触れて欲しくないところに平然と切り込んだなあの人。


 とりあえず――花島社長のメンタルが不安だから、あとでちゃんとお礼言っとこ、絶対。




 アドバイスをしたせいであえなく撃沈された花島社長に、申し訳ない気持ちでいっぱいな俺であった。




△▼△▼△▼




 その後、荷物の積み込みを終えたバスは、11時きっかりに事務所を発った。


 一緒に乗り込んだのは、男女あわせて10人と少し。いずれもAISURU・プロダクションの社員さん達だ。




 ハナビー・アリーナまでは、高速道路で進むことおよそ四時間。


 その間に、バス内で食事を済ませ、午後三時から動線確認や準備を行う予定となっている。




 バス内で眠るかもなぁ、なんて考えていたのだが、全く眠れなかった。


 花島社長の粋な計らいかなにか知らないが、俺の隣の座席に芹さんが座ったからだ。




 確かに芹さんとはよく話すし、それなりに打ち解けてきたとは思うけど、肩と肩が触れあう距離に座るとなれば話は別。




 恥ずかしさでカチコチに固まり、背筋を伸ばしたまま四時間の移動をすることとなった。


 ちなみに、恥ずかしすぎて隣の芹さんの顔を見ることなんてできなかったのは言うまでも無い。




 そんなこんなあって、四時間後。


 俺達の乗ったバスは、ハナビー・アリーナへと到着した。


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