第66話 ファンサービス
「なんでしょうか?」
俺は、なんとなく予想がついていたが、あえて気付かぬ振りをしつつ応答する。
冒険者は全員、緊張したように身体を硬くしている。
うち1人、俺に声をかけてきた、そばかすのある三つ編みの女性が、手を差し出してきた。
「あ、握手してくだしゃい!」
緊張からか、思いっきり噛んだ。
本人はあまりの恥ずかしさからか、顔を真っ赤にしてあたふたしている。
その様子を見て、周囲の仲間は苦笑いだ。
う~ん、これは。
あえてスルーすることが、大人の対応なんだろうか? 気付かないフリをしたらしたで、気を遣われてると萎縮してしまうかもしれないけど。
そんなことを考えつつ、初対面の人をイジる勇気なんて無かった俺は、素直に右手を差し出した。
「あ、ありがとうございます!」
女性は瞬時に笑顔になって俺の手を取ってくる。
「あ、俺もいいっすか?」
「どうぞどうぞ」
俺は、4人と握手をして親睦を深めることとなった。
――。
その後4人とは、数分会話をして別れることとなった。
最初から予想が付いていたが、やはり俺を知っている人達だった。
芹さんのリスナーという可能性が高いが、全国ニュースになって日本中を駆け巡ったからな。
あれから髪型とか変えたけど、顔は知れ渡ってるから気付く人は気付くのだろう。
芹さんのファンじゃなくとも、俺を知っている人はごまんといる。
我ながらとんでもない状況に首を突っ込んでしまったものだ。
ちなみに芹さんの知名度も爆上がりしていて、一ヶ月前は20万人ちょいだったチャンネル登録者が、今は60万人を越えたそう。
その間、俺が一緒にとった謝罪動画しかアップロードしていないはずなのに、凄まじい躍進だ。
大ニュースになったワイバーンを倒す生配信の総再生回数は、1200万を越えている。
もう、どうなってんの? って感じだ。
そろそろ芹さんの謹慎期間も切れる頃だろうし、SISが終わって落ち着いたらぼちぼち配信を再開するんじゃないだろうか。
もちろん、俺という護衛付きで。
「いやぁ、しかし人気者だな、あき……ワイバーン一撃マンさんは」
4人が去って行ったあと、楽人は、からかうようにそう言ってくる。
「その名前で結局確定なんだな。絶妙にダサくて辛いんだが」
「まあいいじゃねぇか。俺は好きだぜ。名前言う度にお前が眉をひそめるから、呼び甲斐がある」
「それ純粋にイジるのが楽しいだけだろ」
「ははっ、バレたか」
隠す気もない楽人が、白い歯を見せて笑う。
「しかし、案外ファンサしっかりしてんのな?」
ファンサ……? ああ、ファンサービスのことか。
「まあ、自分がSランクで憧れの対象であることは理解してるからな」
「変に格好付けて謙遜するより、自分の価値を理解してる点は友人として好感度高いぜ」
「そんなもんなの?」
「ああ。例えばスゲー美人がいるとするだろ? 美人だともてはやされて「そんなことないよ~」って言いまくる女子より、自分が美人だと理解している態度を見せる女子の方が、清々しくて好きだぜ」
「それ、単純にお前の好みだろ……」
まあ、楽人が言うのもわからないではない。
俺としては、どっちのタイプでも好きになれると思う。好き好んで人をバカにしないしない人であれば、嫌いになる要素は無い。
「まあ、あくまで一例だ。俺が言いたいのは、お前みたいなヤツは好感度高いってことだ」
「それはどうも」
「ところでお前、今年のSISに参加するんだろ? アイドルと片っ端から握手するのか?」
友人である楽人にはもう話しているため、その話題が出てくる。
「いや。たぶん会うことは出来ても握手するタイミングなんてないと思うよ。俺は裏方だし精々、会場に到着したアイドルを控え室とか楽屋へ誘導するくらい――」
「つまり“素”のアイドルが見られるってことじゃねぇか! 羨ましいぜこの野郎!」
「お、おう」
無駄にテンションの高い楽人に振り回される。
普段ステージで輝いているアイドルの素か。
正直、身近に芹さんがいるから、なんとなく想像が湧いてしまうというか……いやまあ、アイドルによって日常も見せる表情も違うか、当然。
「帰って来たら土産話聞かせてくれよ」
「うん、約束する」
「よし! じゃあ、21階層行くぞ!」
「はぁ!? まだ攻略するの!?」
「当たり前だろ!! 俺はまだ赤点の鬱憤を晴らせてないんだ!! とことん付き合ってもらうぜ!!」
意気揚々と出発する楽人。
俺は、げんなりとしてその後ろ姿を追うのだった。
――そして、早くも一週間が経ち。
SIS……サマー・アイドル・ステージの前日がやって来る。
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