第65話 親友とダンジョン攻略

 芹さんと綾が思わぬ形で対面してから、また一週間が過ぎた。




 今日はまた土曜日。


 来週の水曜日からの夏休みを目前に控えた休日だ。


 そんな、一学期の終了間近で浮き足立つ中、俺はというと――ダンジョンの20階層にいた。




「「「「「キシャアアアアアアァ!!」」」」」




 五方向から、サルに似た二股の尻尾を持つモンスター……Cランクのラピッド・エイプが、俺を取り囲んでいる。


 いや、俺と言うより俺達と言った方が正しいか。




「お、おお……一気に五匹か。これはキツいな」




 俺と背中合わせになって、ナイフを構える楽人らくとが呟いた。


 緊張しているのは、息づかいの荒さからわかる。


 俺は周りを油断なく見据えたまま、楽人へ声をかける。




「落ち着け。対複数戦の基本は、一匹ずつ的確に処理していくことだ。わざわざ焦って余計な動きをする必要は無い」


「わ、わかってるって」




 俺がなぜ、ダンジョンにいるかというと――楽人に無理矢理誘われたからだ。


 基本的に、ウチの学校の生徒はほとんどバッジを持っている。


 「紋無し」として差別されることを嫌い、特にダンジョンに興味が無いけどとりあえず所持している……という人間も何人かいるが、大抵は己の力を示したい目的で所持している。




 楽人に関しては、どっちの意味合いでもなく、気が向いたときに憂さ晴らしとしてダンジョンを利用しているようだ。


 そのせいか、一ヶ月前は黄色――Eランクだった胸のバッジも、いつの間にか緑――ワンランク上のDに上がっていた。




 そんな楽人に、俺が誘われた理由は単純明快。


 先週行われた期末テストで、楽人はめでたく数学と英語で赤点をとってしまった。


 赤点保持者は、問答無用で夏休み中の補習に駆り出される。




 つまるところ、自分の勉強不足のツケが回ってきた楽人は盛大にキレ散らかし、憂さ晴らしのためにダンジョンへ潜ることを決めた。


 運悪く俺は、不機嫌な楽人に巻き込まれる形となったわけである。




 まあ、彼にはいろいろと仮もあるし、こんな俺の友達もやってくれているから、少しくらい迷惑を被ってもいいんだけど。


 そんなわけで、俺達は今、絶賛ダンジョン攻略中なのである。




「……お」




 俺は、視界の端で左側のラピッド・エイプが微かに動いたのを見逃さなかった。


 ラピッド・エイプは賢いモンスターだが、リーダーを軸に動くような連携の獲れた相手でもない。


 こちらが動かないことに痺れを切らし、誰かがまず最初に動いて、それに残りの全員があわせることは予測できていた。




 だから、俺は最初に動き出すヤツを見定めていたわけで、狙い通り一匹が痺れを切らして飛びかかる動作に移ってくれたわけだ。




「そこっ!」




 俺は、予め引き絞っておいた弓矢を、そいつめがけて放つ。


 飛びかかる体勢に入っていたそいつは、突然の攻撃に対応できない。




 喉元に深々と矢が刺さった一匹が、クギャッ! とくぐもった声を上げて、その場に倒れる。


 それを皮切りに、残りの四匹が一斉に飛びかかってきた。




「えぇい!」




 楽人が、手に持っていたナイフを、自身の正面から迫る一匹へ向けて投げる。


 空中に飛び出し、逃げ場の無い一匹へナイフが刺さった。


 残りは三匹。




「一緒に来て!」


「おう!」




 俺は楽人に声をかけ、真正面へ駆けだした。


 俺の正面と斜め右側から、二匹。背後から一匹が迫っている。


 背後から来た一匹は、俺達が前に出たことで攻撃を空振り、地面に激突する。




 だが、前の二匹は直撃コースだ。


 俺は冷静に状況を見極めつつ、手にした聖弓 《イルムテッド》を横薙ぎに振るう。


 本来、射撃のための道具である弓だが、即席の棍棒にして、正面から迫るラピッド・エイプの横っ面をぶん殴る。




「グギャッ!」




 その勢いで真横に飛ばされたラピッド・エイプが、右側から迫るラピッド・エイプと衝突し、もつれ合いながら転がっていく。




「後ろのヤツは頼んだ」


「ま、任せろ! スキル《サンダー・アロー》」




 後方の地面に衝突したキングエイプを、楽人が雷の槍を生み出し、それを飛ばして仕留める。


 残り二匹。




 上手い具合に連携して各個撃破に持ち込めた。


 俺は矢筒から一本矢を取り出し、弓につがえて限界まで引き絞る。


 ギリギリと唸る音を聞きながら、俺は矢を放った。


 凄まじい速度で放たれた矢は、狙い過たず二匹の身体を同時に貫通した。




「よし」


「うへぇ……ダブルキルかよ」




 楽人は、呆けたようにそんなことを呟く。


 ぶっちゃけ、1人なら五匹同時に仕留める選択肢もあったが、今日の主役はあくまで楽人だ。だから、流石に自重した。




「それにしても、お前もなかなかやるな。ただの鬱陶しい変態ってわけでもなかったんだな」


「おおお……褒められると同時に貶されるとは思わなかったぜ」




 楽人は頬を引きつらせながら応じる。




「ま、お前に比べりゃまだまだ実力が足りないけどな。モンスターとはいえ、やっぱ倒すにも罪悪感みたいなものはあるし、死にたくもないからほどほどに強くなるつもりさ」


「それがいい。身の丈に合った生き方が一番だ」




 身の丈に合った生き方ができなくなった俺が言っても、説得力無いけどな。


 そんなことを考えていると。




「あ、あの……」




 後ろから声をかけられた。


 振り返ると、そこにはダンジョン冒険者らしい男女混合のパーティと思われる4人の若者がいた。

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