第64話 己の性格、今後の在り方
「え、あ。それは、その……」
墓穴を掘ってしまった芹さんの目が泳ぐ。
なんというか、見事にわかりやすい。
「何かあったんですね?」
その様子から目敏く何かを確信した綾が、そう切り返した。
自分からバラしてしまった以上、芹さん食もう言い訳をすることができない。
ただ、言うのが恥ずかしいのか、口を開けるのだが言葉は発せられなかった。
ここは俺が助け船を出した方がいいのかもしれない。
「芹さんには、前料理を振る舞って貰ったんだよ。例に漏れず彼女のお仕事の関係で、俺の家に上がって貰った時、俺の食生活に気を遣って作って貰ったんだ」
厳密には、その頃はまだ仕事上の契約を結んでいたわけでもないし、一方的にやって来ただけなのだが、わざわざ芹さんの評価が下がるようなことを言うつもりはない。
あの態度も、非効率ではありながら意味があることを知っているし、何より俺自身が芹さんのことを嫌いじゃないからだ。
「ふ~ん。なんというか、悲惨だねお兄ちゃん。現役のアイドルさんに、だらしなさを指摘されるって……」
「うっ、否定はしません」
芹さんを持ち上げたはいいが、俺の株は大暴落した。
だがこれは仕方ない。料理とか興味がある方じゃないし、正直一人暮らしの男子高校生なんてこんなもんだろという先入観みたいなものは未だにある。
ただ、その結果、食生活に偏りのある人間と思われてしまった感は否めない。
「ごめんなさい芹さん。だらしのない兄に料理を作って貰って」
「あの、お気になさらず。……あのときも、私自身打算があって、自分の目的のために料理を作った部分もありますから。それに、お兄さんに半ば脅迫じみたこともしたので……ごめんなさい」
芹さんは、思い切ったように謝罪した。
アイドルとしての株が落ちることよりも、後ろめたさを払拭することを選んだみたいだ。
初対面の時の暴走は、今思うと恥じ入る部分なのだろう。
焦っていたあのときとは違う。
いろいろ失敗を犯し、結絆さんの回復に希望が見えてきたから今だからこそ、大局的に見つめ直すこともできるのだろう。
まあ、俺自身はかなり前に謝罪を受けているし、気にしてもいないのだが。
「あーいいですよ、そんなこと。何したか知らないですけど、お兄ちゃんは、余程のことが無いと怒らないタイプの人なんで」
「綾……お前」
そんなに俺のことを、買ってくれて――
「まあ、結局怒る勇気もないヘタレなんで、むしろこれからはもっと遠慮無く接してくれて構いませんよ」
「おい」
前言撤回。全然褒められてなかったし、むしろバカにされてた。
これには芹さんも、何を答えて良いかわからないようで苦笑いだ。
「まあ、そこがお兄ちゃんの良いところでもあり、面倒くさいとこでもあるんだけど」
「お、おう……よくわからんが、褒めてるのか貶してるのかどっちなんだ」
「どっちもだよ。お人好しなのは、長所であって短所だってこと。芹さんと何があったのかは知らないけど、私は今日会って良い人だと思った。だから別に気にしないけど、悪意100%の人がお兄ちゃんに何かをした場合、怒らないのはダメ」
「肝に銘じます」
当たり前のことのようで、綾の言っていることは意外と難しいのだ。
俺は別にお人好しってわけじゃないと勝手に思っている。そりゃ、他の人に比べて沸点は高いし、大抵のことは気にしない。
けどそれは、半分俺の素であって、半分はそうじゃない。
昔、自業自得でトラウマを植え付けられてしまったがための、防衛策。
他者の顔色を窺い、同調し、反発しない。
そうして今の俺ができている。
過去のトラウマはもう乗り越えた。
けれど、それが生み出した、慎重で周りを伺う性格まではそうそう変わるものじゃない。
例えば、芹さんを襲おうとした偽Aランクの的場俊平と小野田太の二人。あいつらは当然、警察に厄介になった上で退学の措置が執られた。この先の人生でも、この足かせがついて回るだろう。
他にも、俺を散々バカにしたマウンテン三兄弟。
彼等も未だに冷たい視線を浴びつつある。
そんな人物達は、本来同情する必要も無いのだが少し同情してしまう。
俺もかつて信用を失い同じ道を辿ったから、彼等が他人事とは思えないのだ。
それに、彼等は自業自得ではあるが、その状況に追い込んだのは俺でもあるわけだ。
つまるところ何が言いたいかというと、俺は臆病で、感じる必要の無い罪悪感を感じると共に、面倒を避け怒らないヘタレだってことだ。
それはいつか直さなきゃいけない。
俺はもう、自分を変えるために歩き出してしまったのだから。
「まあ、見ての通りだらしない部分もあるけど、凄く優しくていい人なので、これからもどうかよろしくお願いします」
綾は、芹さんの目を真っ直ぐに見つめてそう話す。
その顔はいつになく真剣で、誠に恥ずかしいことに本心を言っていることがわかってしまった。
「もちろんです。多大なる恩を受けた身ですので、もしお兄さんに何かあれば、かならず協力するとお約束します」
それに対し、芹さんも姿勢を正して答える。
参ったな。俺がいるところで話す内容じゃないだろ、まったく。
そんなことを思いながら、俺は頬をかく。
そんなこんなで、急速に打ち解けた二人は、夕方近くまで話題に華を咲かせていたのだった。もちろん、男1人の俺はいたたまれない気持ちになったのは、言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます