第56話 ドラマー暁斗誕生?

 次の日から俺は、早速楽器についていろいろと調べてみた。


 が、難しいのかな? とか、自分にできるかな? とか思うより前に、何よりも思ったことは――




「楽器って、結構値段するんだな……」




 ベッドに仰向けに寝転がり、駅前の書店で購入したカタログを見ながら、俺は眉をひくつかせた。


 エレキギターやトランペット、サックスなど、個人的にカッコいいと思った楽器をピックアップし、どれくらいの相場なのか調べてみたのだが……それが結構するのだ。




 もちろん、吹奏楽部など初心者が使うものから、プロの奏者が使う用のものまで、種類も値段もピンからキリまであるのだが、下の方でもウン万円はする。


 中には5桁を平気で越えているものまであり……ちょっとビックリしてしまった。




 そういえば、ヴァイオリンでも最高峰のものは数億するとかテレビでやっていたっけ。




 まあ、愛着が湧けば何年も使うだろうし、値段が高くても問題ないのだろうが。


 それに、ちょっと驚いただけで、俺がそれを買うほどのお金がないかと言われると……実はそんなこともない。




 ダンジョン冒険者は、採取したものを換金することができる。


 俺はSランクだから、勘金額の高いモンスターをこれまで何度も屠ってきたし、それなりのお金を稼いでいるのだ。




 まあ、そのお金は授業料や食費に充てているため、巨万の富が手元にあるというわけではないが、それなりに懐は潤っているつもりだ。


 正体がバレる前は、ほとぼりが冷めるまで貯金でなんとかやりくりしようとしていたから、まあ半年くらいは貯金で暮らせるくらいかな。




 そんなわけでお金の面は然程問題が無いのだが、もう一つ問題がある。


 それは――




「仮に楽器を買ったとしても、どこで練習しようかな」




 俺は、寝返りをうって俯せになり、頬杖を突いて考える。




 そう。


 楽器は、音が出るものだ。


 当然、アパートを借りている俺が夜中にトランペットなどを爆音で吹こうものなら、たちまち苦情がくるだろう。


 それがある程度技量のあるものなら、お褒めの言葉もあるかもしれないが、初心者の音程もメチャクチャな拙い音を、深夜に誰が聞きたいと思うだろうか。




 空き地でリサイタルをやっていそうなどこかのガキ大将も顔負けの行為である。




 ていうかそもそもの問題として、ウチのアパートはペットも楽器の演奏も禁止である。


 どこかのステージを借りるにもお金がかかるし……河原とかで練習するのも手だが、下手な演奏を散歩している人達に見られるのは恥ずかしいから却下だ。




 そうなると、本格的に練習場所に困る。




「どうしたもんかなぁ……」




――。




「練習場所? ああ、俺の叔父の家に防音設備のついた部屋があるから、いつでも来いよ」


「マジ!?」




 翌日。


 楽人に相談した俺は、思いがけず棚からぼた餅状態となって、思わず大声を出してしまった。




「ああマジだ。叔父が楽器好きだからな。そっちの方も、いろいろ持ってるぜ」




 なんたる僥倖。


 迷惑で無ければ、練習に使わせてくれと頼むと、楽人は白い歯を見せて二つ返事で了承してくれた。




「でもよ、やりたい楽器は決まったのか?」


「いいや。全く。叔父さんのとこで練習できるけど、できればアパートでも練習したい。音の出ない楽器って無いかな?」


「いや音の出ない楽器ってなんだよ。麺の無いラーメンみたいだな」




 そう言われれば確かに。


 なんのための楽器だよって感じだな。




「まあでも、音を出さずにある程度練習できる楽器とかならあるぜ?」


「何?」


「ドラムだよ」


「はぁ!?」




 なんか一番うるさそうな楽器の名前が出てきて、俺は思わず顔をしかめた。


 


「ドラムってあれだろ? 太鼓とかシャンシャン鳴るヤツとかいっぱい付いてるのだろ?」


「お、おう。正確には、スネアドラムとか、ハイハットシンバルとか、いろいろ名前があるんだが……まあそうだな」


「それ、結構うるさいよね」


「ああ。でも、練習はできるんだよ。電子ドラムって知ってるか?」


「……いいや」




 俺は首を横に振った。電子ピアノなら聞いたことあるが……


 そう答えたら、「それと似たようなもんだよ」と、楽人は笑いながら言った。




「ヘッドセットを付ければ、外に音が漏れないんだ。まあ、パッドを叩く音とか、ペダルを踏む振動とか、ある程度気をつけなきゃいけない面もあるが」


「なるほど。それで練習すれば、叔父さんの家で本物のドラムを叩くときのイメージトレーニングになりそうだね」


「そういうことだ。それに、スティックを用いた基礎練習も一人でできるから、いいと思うぜ」


「じゃあ、ドラムやってみようかな」


「おう。手足を駆使するから難しいと思うが、お前ならできるさ」




 楽人はそう言って、サムズアップして見せる。


 かくして、俺の日課にドラム練習が追加されたのだった。

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