第57話 久々のお話

 それから週二日、暁斗の叔父さんの家にお邪魔して、練習させて貰うことになった。


 叔父さんの家は、駅から徒歩10分程度の位置に有り、俺の家の反対側とはいえ、30分も歩けば着く位置にあった。




 だから、お邪魔させて貰う日は、水曜の夜と日曜日の午後ということで、最終的に落ち着いた。


 暁斗の叔父さんは、年の頃50前後。母方の弟ということで現在は独身。なんでも大手ゼネコンの支部長を任されているらしい。


 人当たりがよく、陽気な人だった。




 驚いたのが、音楽の趣味の他にも、Dan.tubeを見るのも好きらしいということだ。


 そういえば、俺が楽人の家族のために書いたサインにも叔父さんの分があったなと思い出す。


 


 俺が件のワイバーン一撃マンであることがわかると、急に両膝を突いて手を合わせ、なんか拝んできた。


 俺の知らないところでどっかの宗教の神にでもされたのかと、一瞬本気で心配になってしまったのは、ここだけの話だ。




 幸いというかなんというか、叔父さんが異常なまで俺に惚れ込んでいただけだった。


 まあ、それも当人としては気恥ずかしいのだが。俺の書いたサインが、なんか高そうな金色の装飾が施された額縁に入って飾られているのを見たときなんか、困惑してしまった。




 まあそんなこんなで、俺は週二日叔父さんの家でドラムを練習させて貰えることになり、アパートの方には早速購入した電子ドラムを運び込んだ。


 かくして、ダンジョン攻略という憂さ晴らしとは別で、趣味と呼ばれるものができ、満足したわけなんだが――




――。




「な~んか、忘れている気がするんだよなぁ」




 ドラムを始めてから一週間と少し。


 金曜の夜、自室のベッドに寝転がっていた俺は、もやもやとした感じがしていた。


 正直、ここ二週間くらい忙しかった。




 新たな趣味を始めるためにドラムを勉強し、練習し。


 さらにはもう七月に突入したということで、夏休みも間近に迫っている。夏休み、といえばその前に控えている期末テストなるラスボスがあるのはお約束だ。




 実際、今週の火曜から木曜の三日間は期末試験が行われた。


 自分で言うのもなんだが、俺は地頭が他の人よりもいい自信がある。それに、ちょくちょく復習もしているから、テスト前に慌てて徹夜するなんてことはしないタイプだ。




 今回も余裕を持って乗り越えることができたが、それはテスト前に勉強をしないということではない。 


 普段よりも勉強に力を入れ、かつ趣味も始めた反動で、流石に疲れたのだ。


 


 そして、その忙しさとがらりと変わった日常に当てられ、今まで全く気にも留めなかったが、何だか物足りないというか……会うべき人に会っていないような気がする。




「う~ん……まあ、いいか」




 俺はなんだか面倒くさくなって、考えるのをやめる。


 起き上がり、部屋に運び込んだ電子ドラムセットの方へ歩いて行った――そのときだった。




 突然、着信が鳴った。


 俺のスマホではなく、自宅の固定電話に。




「ん? 誰だ?」




 固定電話が鳴るのは久しぶりだ。


 なぜなら俺はもうスマホを手に入れている。


 家族や友人とは、瀬良の番号を登録した後に順次登録しているから、こっちで電話を掛けてくる。




 だから俺は首を傾げつつ、固定電話の所に歩いて行き。




 着信:芹なずな




 液晶にその文字が映っているのを見た瞬間「あ!」と声を上げた。


 そうだ、芹さんだ。


 なんか物足りない気がすると思ったら、芹さんと会っていなかったんだ。




 ここ二週間ほど、学校で会っていない。


 俺が忙しかったのもあるが、それだけで二週間一度も顔を合わせないというのは考えにくい。彼女も何か忙しくて、学校を休んでいたんだろうか?




「もしもし、暁斗です」


『もしもし、暁斗さん。芹です。今、お時間いいですか?』




 受話器を取ると、向こうからいつもの芹さんの柔らかな声が聞こえてきた。




「いいですけど、何かあったんですか?」


『実は、アイドル関係のことで大事なお話があって……』




 芹さんは言い淀むように沈黙する。


 その空気を察した俺は、構わず話すように促した。俺はもう、芹さんに協力すると断言したのだから。




『ありがとうございます。ただ、ここで話すのもなんなので……明日か明後日、暁斗さんの家にお邪魔してもいいですか?』


「構いませんよ、どっちでも。あ、でも日曜の午後は予定があるのでそれ以外で」


『ありがとうございます。じゃあ明日、伺わせて貰いますね』




 少し芹さんの声が嬉しそうに上ずった。


 断られるとでも思っていたんだろうか。いきなり押し掛けてきた人なのに、なんだか随分と慎重だな。まあ、あれは演技だったっぽいけど。




 そんなことを考えつつ、俺達は短く話をして、電話を切ったのだった。


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