第51話 篠村綾

 ――携帯の登録は、無事に済んだ。


 俺が実家を出たのは当然高校に上がると同時だから、一年と少し前だ。


 そのときはまだ両親しかスマホを持っていなかったのだが、俺が高校に上がってしばらくすると、綾がスマホを購入した。




 つまり、祖父母を除くウチの家族では、俺が一番最後ということになる。


 あ、ペットの犬のジョンはまだ持ってなかったな。訂正、俺は最後じゃない。




 無事に契約を終わらせて自室に戻ってきた俺は、とりあえず畳に寝っ転がる。


 寝具や小さな家具はまとめて今の下宿先に持って行ってしまったから、部屋の押し入れは空っぽ。受験勉強なりで使った机がぽつんと置いてあるだけである。




「はぁ……疲れた」




 時間はもう夕方の5時半を回っている。


 家庭によってはそろそろ夕飯時だ。


 母さんも「ご飯の支度をするかね」といってエプロンを巻いていた。




 俺は、ポケットから新品のUフォーン10を取り出した。


 色は白。他にもライムグリーンとか、シルバーレッドとか、カッコいい色がいっぱいあったのだが、一周回って何の変哲も無い白に落ち着いた。シンプルイズベストというやつだ。




 色を変えたいならスマホカバーを買うという手もあるみたいだし。




 横のボタンを押し、パスワードを入力してロックを解除する。


 寒色系のグラデーションがかかった画面を背景に、いくつかのアイコンが現れた。


 


 いろんなアプリをインストールできるみたいだが、初期状態では一ページの半分くらいを埋めるくらいの量だ。


 楽人とか、ゲームやらSNSを入れまくって、四ページくらいになってたっけ。




 今すぐにSNSやゲームをする気もないので、しばらくはこのままでおこう。


 そんなことを考えながら、しばらくスマホのカメラ機能なんかを弄っていると――




「ただいま~!」




 元気の良い声が玄関口から聞こえてきた。


 綾が帰って来たみたいだ。




――。




「お。お兄ちゃん来てるじゃん」




 玄関先で自前のテニスラケットを片付けていた綾が、廊下に出た俺を見るなり明るい声で言った。




 篠村綾。現在中学二年生。


 俺と同じ白髪を後ろへ長している。


 俺達の顔は若い頃の母にそっくりなので必然的に兄妹きょうだいとわかる。


 ていうか、たまに姉妹に間違えられたりもした。俺の顔はどうも中性的というか、女性寄りなのだ。


 


「まあね。先週綾にも帰るって伝えたろ」


「うん。でも半分疑ってた。お兄ちゃん、こっちに戻ってくるの嫌かな~って思ってたから」


「そりゃあ、知り合いに会うのが怖いってのは、今でも少しあるけど。……もしかして、心配してくれてた?」


「そりゃ、まあ? 妹だし? 兄の面倒を見るのも甲斐性ってなわけですよ」




 照れくさそうにそっぽを向く綾。


 妹に世話を焼かれる兄ってのもいかがなものかと思うが……実際、綾には昔から助けられてばかりだ。




 今も度々下宿先に来ては料理を作り置きしてくれる。


 あー……ダメな兄ですいません。




「悪い。いつも綾には助けられてばかりだ」




 俺は、せめてもと綾の頭をわしゃわしゃと撫でる。




「むぅ。その癖やめてよ。恥ずかしい」




 綾は耳まで赤くなって、俺の手をはねのけた。




「ごめんごめん」




 俺は苦笑しつつ謝る。


 謝りながら無意識に綾の頭に手を伸ばし――綾の青い瞳に睨まれて慌てて引っ込めた。




「なんか……お兄ちゃんって、将来女性を泣かせそうだよね」


「なんでだよ!?」




 ふて腐れた綾にそんなことを言われ、俺は思わずそう突っ込んだ。


 俺がなにしたってんだ。そんなこと言われる筋合いはないと思うんだが。




「あー。なんでそう言われるのか、わかってないって顔してる」


「うぐっ」




 綾がジト目で俺を睨む。


 図星だった。




「はぁ。お兄ちゃんの奥さんになる人に、ちょっと同情するよ」


「生涯独身の可能性が高いけどな。俺のこと好きになる人がいるとは思えないし」


「どうだか。案外、お兄ちゃんが気付いていないだけじゃない?」




 やれやれと肩をすくめて見せる綾。


 なんか知らないけど呆れられた?




「それはともかく、早く上がって着替えてこいよ。母さんが夕飯作ってる」


「うん」




 綾は玄関のところに一度座り、靴を脱ぐ。


 どうやらスニーカーを新しくしたらしい。脱ぐのが大変みたいだ。




「よいしょっと、脱げた」


「ほら」




 振り向いた綾に手を差し出す。




「いいよ。子どもじゃないんだし、1人で立てるから」


「そうか」




 俺は、無意識に差しだした手を引っ込めた。




「……そういうとこズルいよね。お兄ちゃんて」


「ん? なんか言ったか」


「べーつに」




 小声で何かを言いつつ立ち上がった綾が、ぷいっとそっぽを向く。


 なんだよ、はっきりしないな。




 そんな一悶着の後、俺達は久々に家族四人揃っての夕飯に洒落込んだ。


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