第52話 妹に呆れられた?

「それにしても、驚いたよほんとに。お兄ちゃんが、まさか有名人になってるなんて」




 食卓を囲んでいると、横に座ってカボチャの煮物を自分の皿に取り分けながら、綾がそう言ってきた。


 俺だって驚いてます。


 目まぐるしい日々が続いて、未だに慣れない部分もあったりする。




「まあ成り行きでいろいろあったからなぁ~」




 俺はこの激流のような日々を思い返して、小さくため息をついた。


 視界を覆い尽くすほど長い前髪が垂れてきて、俺はそれを横に流す。




 基本的に素顔を隠すために長くしていた前髪。


 学校では重宝していたが、家に居るときは鬱陶しくて仕方ない。


 前だけじゃなく後ろも長いから、暑苦しかったりもする。


 特にこれから夏が本格的にやってくるわけだし。




「お兄ちゃんって、相変わらず髪長いよね。切ったら? どうせ素顔、学校の人にバレてるんでしょ?」


「そりゃまあ、そうだけどな……」


「いいんじゃない? この際、思い切って新しい自分に生まれ変わっても」




 自分の前髪を弄っている俺に、母さんが後押しをしてくる。


 


「そうだな。暁斗が髪結ぶと、完全に女子にしか見えないもんな」


「うぐっ」




 父さんの何気ない一言がトドメとなった。


 ワイバーン一撃マン女の子説が出ていたのも、顔立ちのせいもあると思うが、半分くらいは髪型のせいだと思う。




 別に男性がおしゃれで髪結ぶことくらいあると思うが、長い髪=女子というステレオタイプがあるのは事実だ。




「明日、散髪行ってくるよ」


「うん。お兄ちゃんが素顔見せたら、世の中の女性イチコロだと思うよ?」


「冗談にしては面白くないぞ、綾」


「う~ん、割と本気で言ってるんだけどなぁ」




 綾は困ったように苦笑いする。


 本気だとしたら、ちょっと綾の見る目を疑うな。


 将来変な男を婿に連れてきたら、お兄ちゃん怒っちゃうかもしれない。




 そんなことを思いながら、鯖の塩焼きを食べる。


 ふと、壁際に取り付けられていたテレビから、興味深い内容が聞こえてきた。




「――続いてのニュースです。今年も「SIS、サマー・アイドル・ステージ」の季節がやって参りました。開催までおよそ一ヶ月。毎年10000人以上の観客で溢れかえる大規模な催しですが、今年も例年通りハナビー・アリーナで行われます。去年のアイドル総選挙グランプリに輝いた花ヶ咲はながさきモモさんに、今話題沸騰中、ダン・チューバーとしても活躍しているナズナさんなど、数々のアイドル達が覇を競います――」




 ほうほう、なるほど。


 サマー・アイドル・ステージねぇ。


 そんなでっかいイベントが毎年開催されてたなんて。その“ナズナさん”いわく原始人の俺は知らなかったな。




 ていうか、アイドルネームもナズナなのか。


 


 芹さんの話題がテレビで出たし、綾に何か聞かれるかな? と少し身構えたが、どうやら両親と部活のことを話していたようで、テレビの内容は耳に入っていないようだった。




 と、そのとき。


 ブーッと、ポケットに突っ込んだままのスマホが鳴った。


 何かと思い画面を見ると、何かよくわからない公式サイトからのメール通知が届いている。


 うん、別に関係なさそうだし無視だ。




「お兄ちゃん、Uフォーン10にしたんだ」


「うん、まあ」




 綾が俺のスマホを覗き込んでくる。別に面白いもんはないと思うが。


 綾には、スマホを買うために帰ってくることは伝えていたから、別に驚いた様子はなかった。


 ただ、机の端に置いてあった自身のガーネットレッドのスマホを取り出し、差し出してきた。




「お兄ちゃん、LIME交換しよ?」


「え」




 LIME……って確か、写真とかスタンプとか送れる上に電話も出来る、超便利なメール的なアプリだったか? まだ登録してないが。




「すまん。まだアカウント作ってない」


「そっか……あ、じゃあ電話番号!」


「いや、それは……待って」


「なんで」




 渋る俺に、怪訝そうな顔を見せる綾。


 俺はまだ誰とも連絡先を交換するわけにはいかない。筆箱の中に、まず最初に登録すると約束した人の電話番号が書かれた紙が入っている。




「スマホ買ったら、真っ先に登録してって、瀬良に言われたから」


「……え?」




 綾は目を丸くする。そのあと、おそるおそるといった様子で聞いてきた。




「せ、瀬良……さんって? も、もしかして……女子?」


「ああ、そうだけど。よくわかったな」


「!?!?」




 綾は目を見開き、何やら顔を真っ赤に染める。




「なんだよ」


「なんだよ、じゃないよ! もしかしてお兄ちゃん、そこまで言われてて「俺のこと好きになる人なんていない」とか言ってたの? 素で!?」


「いや、いないだろ。どう考えても」


「うっわ。我がお兄ちゃんながら情けない……瀬良さんって人が不憫だよ」


「なんでだよ」




 俺は綾に突っかかるが、それ以上は盛大にため息をついて、死んだ魚のような目を向けてくるばかりだった。




 ダメだ。綾が何を言いたいのか本気でわからん。


 まあとにかく、夕飯食べ終えたら瀬良の番号登録しとくか。


 そんなことを思いつつ、俺は味噌汁を啜った。


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