第50話 久方ぶりの帰省
翌日の土曜日。
俺は午前中のんびり過ごした後、いつも通りカップ麺で昼食を済ませ、最寄りの駅へと向かった。
実家はその駅から在来線で一時間ほどの駅で降り、ローカル鉄道に乗り換えて20分ほどで、実家最寄りの駅に着く。
距離でいえばそこまで遠くもない。
実際、大学生とかであればこの程度の通勤時間、下宿などせずに実家から通っている者もいるだろう。
そもそも高校であれば、実家近くの高校を受験するのが自然だ。
しかし、俺は小学生の時いろいろとやらかしてしまった面がある。
中学の途中まで不登校だったし。
通信教育なり、特別学級なりで出席日数や成績は確保しつつ、地頭だけはそれなりに良かったから、高校受験も成功した。
ただ、やらかしてしまった以上、かつての友人がいる地域で高校に通うのは、ハードルが高かったのだ。
親に相談し、違う地域の高校を受験し、成功したらそこで下宿させて貰えることになった。
まあそういうわけで、俺はあまり実家に帰っていない。
一週間に一度、親から電話がかかってくるから近況報告をしたりする。
あとは、妹の綾が頻繁に電話をかけてきたり、一ヶ月に一度くらい遊びに来たりする。
まだ中学生で遊び盛りなんだから、どうせならこんなダメダメお兄ちゃんに構うことなんてせずに、友達と遊べばいいのにと思うのだが。
「久々に帰って来たな……」
六月も下旬に差し掛かり、夏は間近。
強い日差しが鬱陶しく、俺は帽子を目深に被り直し、実家最寄りの駅の改札を出た。
正面には小さなロータリーと、商店街がある。
田舎というほど田舎でもないが、俺が普段暮らしている場所に比べると静かな雰囲気だ。
俺は商店街を抜け、畑と民家が交互に建ち並ぶ街道を進む。
15分ほど歩いて、実家に到着した。
実家は日本家屋だ。
石塀の向こうには松の木が見え、その奥に瓦の屋根が見える。
平屋建てだが、そこまで大きい家ではない。
それでも庭が無駄に広かったりするから、土地の大きさは100坪に満たないくいらいはある。
俺は磨りガラスの貼られた引き戸に手を掛ける。
駐車場に車があったから、親はいるはずだ。
まあ、先週電話で「来週末帰るから。スマホ契約したいし」と告げていたから、留守にしているようなことはないと思っていたが。
案の定、鍵がかかっていなかったらしく引き戸がガラガラと音を立てて開いた。
「ただいま」
家に入ると、慌ただしく廊下を駆けてくる音が聞こえた。
「あら暁ちゃん、お帰り」
奥からやって来たのは、銀色の髪をうなじより少し下で縛った50歳くらいの女性だった。
小太りの身体に白いエプロンをしている。
言わずもがな、俺の母さんだ。
「その暁ちゃんていうのやめようよ。流石にもう高校生だし、恥ずかしい」
「えぇ、いいじゃない。親っていうのは、息子の小さかった頃の面影を忘れられないものなのよ」
そう言って母さんは優しく笑った。
「それにしても、あんたがまさかテレビに出るとはね……私ぁ、ビックリしちゃったよ」
「いや、その件につきましては、面目次第もございません」
謝る必要は無いが、迷惑をかけたのは事実だ。
両親も妹も、俺が話題になっていることを知っている。
なんでも、夜中さりげなくDan.tubeを見ていた妹が、俺が話題になっていることを見つけたらしく、寝ていた両親をたたき起こして教えたんだとか。
時系列的には芹さんが家に押し掛けてきた日の深夜なのだが――親から電話がかかってきて、説明にめちゃくちゃ苦労した。
あれから一週間ほど経っているから、今は少し落ち着いているようではあるが。
「まあ、私は大丈夫なんだけどねぇ。綾ちゃんの話を聞いて動揺した父さんが、布団から起き上がるときにバランスを崩して腰を打っちゃってねぇ。次の日の仕事を休んで――」
「いや、ほんっっっとすいませんでした」
俺は思わず頭を下げる。
父さんには悪いコトしたな。あ。
「そういえば、その父さんはどこに?」
「今は庭で剪定してるよ。そろそろ休憩に戻ってくると思うけど」
「そっか。綾は?」
「部活だよ。夕方には帰ってくると思うけど」
「そうなんだ。午後練かな」
綾はテニス部所属だ。
俺もそうだが、兄弟揃って運動には少し自信がある。
「父さんが剪定から戻ってきたら、スマホを買いに行きたいんだけど、それでいい?」
「ええ」
母さんは、微笑みつつ頷いた。
――そうこうしている間に父さんが戻ってくる。
年齢は55歳。白髪の交じった黒髪と、分厚いレンズのメガネをした細身の人だ。
「よう、暁斗。久しぶりだな。元気だったか」
「うん。父さんも大丈夫だった? その……腰とか」
「もうすっかりいいさ」
父さんはそう言って豪快に笑う。
そんなこんなで久々の再会に喜びつつ、俺は今度こそスマホを買うために、両親とダコモへ向かった。
――お互いつもる話もあるのだが、それは綾が帰って来てから、ということになった。
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