第47話 報復の黒い翼
「……ん? ちょっと待て」
俺は、何やら不穏な響きを聞いた気がした。
「今、巣から盗んだって言った?」
「ああ、言った」
こともなげに答える力哉。
「親鳥はどうしたんだよ? いなかったのか?」
「ああ。もぬけの空だったぞ。誰かが討伐したか、それとも俺達に恐れをなして逃げたか。いずれにせよ、卵が手に入ったんだからラッキーだったぜ」
そう言って豪快に笑う力哉。
その様子を見て、一部の生徒は首を傾げている。
彼等には共通点があった。ランクのバッジはいずれも青で、初心者ではないことが窺える。
対してマウンテン三兄弟のバッジは、力哉と山戸が緑で、咲希が黄色。
青よりも下のランクだ。
ランクが高い方がダンジョンでの経験値も多いというのは、自明の理。
要するに、青バッジの生徒達の反応が正しい。
無知というのは恐ろしいわけで――簡単に言うと、力哉達は今マズい状況に立たされているのだ。
ヤマオドガラス。
かなりレアなモンスターだから、俺もほとんど出くわしたことがない。
玉虫色に反射する漆黒の翼と赤い目を持つ、巨大なハトのようなモンスターだ。
カラスじゃないのかよ、と突っ込まれそうだがシルエットはハトに近い。
分厚い皮膚と鋼のように硬い羽は、並みの武器では傷が付けられない。
ナイフを突き立てれば、突き立てたナイフの方が折れてしまうだろう。
堅さだけならAランクを軽くしのぐ。
しかし、このヤマオドガラスが危険視されていないのは、その気性にある。
自ら人を襲うことはなく、攻撃されても大抵は反応しない。
しかも嘴や爪の先端は丸く、攻撃力も低い。
防御力が高いのは、身を守るためなのだ。
しかし、そんなヤマオドガラスでも、怒ることはある。
それは単純に――自分の子どもを、即ち卵を奪われたときだ。
攻撃されても大抵無反応なのは、自分が壁になることで暖めている卵を守るためなのである。
そんなヤマオドガラスが卵を奪われたと知れば、どうなるか。
硬く巨大な身体を武器に、特攻してくるだろう。
普段温厚なヤツほど恐ろしいと言うが、それを地で行くモンスターなのだ。
だから俺は、力哉へ怒鳴りつけた。
「バカ野郎! 早く戻してこい!」
「あぁ!? テメェ誰に向かって口聞いてやがる」
「お前しかいないだろ! 俺に怒られるのが癪なのはわかるが、早く戻してこい! でないと、下手したら取り返しの付かないことに――ッ!」
そこまで言った時、背筋が凍るような悪寒が走った。
目の前の力哉が、俺を睨んでいたからではない。こんな安っぽいガン飛ばされても、怯える気にもなれないのだ。
この嫌な感じは――ダンジョンの奥から近づいてくる。
「――まさか」
俺は、ダンジョンの暗闇に目を向けた。
同時に、何やら翼を羽ばたかせる音が響いてくる。
「あ? 何見て――なっ!」
俺の見ている方向を見た力哉も、ようやく気付いた。
暗闇を切り裂く、玉虫色の光を発する巨大なシルエットが肉薄してくることに。
あえは間違いない。ヤマオドガラス(怒)だ。
『クァアアアアアアア!』
憤怒に満ちた咆哮が響き渡る。
「な、なんだ!?」
「デケェ!」
「こっちに来るわよ! 何よあのモンスター!?」
突如現れた巨大なシルエットに、クラス中がパニックに陥る。
そんな中、冷静に対処する2,3人の生徒達がいた。
彼等は青バッジだ。芹さんの赤バッジより一つ下というだけあって、流石にこういう窮地にも慣れているらしい。
驚き固まったのは一瞬で、それぞれ槍を投擲したり、雷撃スキルを放ったりした。
飛翔する槍と稲妻が、怒り狂うヤマオドガラスに激突し。
カンッ。
マヌケな音を立てて弾かれる。
その巨体は無傷。雷撃による焦げすらも見られない。
「んな!」
「うそだろ!」
少なからず自信を持っていたであろう青バッジの連中は、自分たちの攻撃が通用しないことを悟り、絶望に顔を歪める。
ヤマオドガラスは日の光の下へ飛び出し、その巨体を見せつける。
パニックに陥り冷静な判断ができない生徒達は、その場で固まることしかできない。
そりゃそうだ。
大半はあのモンスターが、攻撃力が低いことをしらない。
不気味な咆哮を放ち、目を光らせて突っ込んでくる巨大な黒い鳥。
怖くないわけがないのだ。
攻撃力が低く、飛翔速度もそこまで速くないとは言え、あんな巨体が激突すれば、生徒達全員がボウリングのピンのように吹っ飛ばされてしまいかねない。
「ば、バカな……あれが、ヤマオドガラス」
「で、でかい」
「ちょ、ちょっとこっちに来るんだけど。あんたなんとかしてよ、男子でしょ!」
「そうですよ力哉。もとはといえばあなたが卵を持ち帰ってきたから――」
「なんだと!? お前等俺に責任なすりつけようってか!」
力哉と山戸、咲希はそれぞれ額に大量の汗を浮かべて口喧嘩している。
全員恐怖から腰を抜かしているのが、なんかマヌケで面白い。
あ、いかん。
またちょっと性格が悪くなってしまった。
「まあ許すとするか。マヌケに怯える姿も見られたことだし、なんかスッキリした」
俺を散々罵ってくれたことは、許してやろう。
今は――この状況をなんとかしなければ。
俺は、地面にへたり込んで震えている3人を無視して、一歩前へ躍り出た。
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