第41話 親友のノリ

「芹さん……」




 思わずそう口に出すと、芹さんは微笑を浮かべた。


 それから、大柄の男子の方を向き直る。




「あなた方が何を考えているのかは知りませんが、私と暁斗さんの心の距離が近いことで、何か不都合でもあるんでしょうか?」


「いや、不都合というわけではないですが……」


「どうして、あなたのような麗しい方が、こんな「紋無し」の陰キャに絡む必要があるのかわかりません」




 大柄の男子の発言を、目つきの悪い男子が引き継ぐ。


 それに対し、あくまで芹さんは淡々と言葉を続けた。




「逆に、「紋無し」だから仲良くしてはいけないなんて、誰が決めたんですか? それは学校のルールとして明確に定められているものではなく、あなた達が勝手に蔑んでいるだけのことですよね」


「それは……そうですが! やはり格というものが!」


「仮に彼が「紋無し」であったとしても、私は今まで彼に何度も助けられています。だから、そんな恩人がバカにされているのを見るのは不愉快なんです」




 芹さんは、はっきりとそう言った。


 それと同時に、「もっとも、私は彼に迷惑をかけてしまった過去があるので、あなた達に強く言えないのですが」と呟く。




 その発言をに対し、気圧されたように沈黙を貫いていた三人だったが、やがて何かに気付いたのか顔を見合わせる。


 そして、その疑問を確かめるかのように、白髪の少女が口を開いた。




「ちょっと待ってください。なずな様の言葉を聞く限り、相当彼に心酔してるみたいなんですが……彼は、なずな様に無礼を働いて怒らせたから、連行されたんだと言ってましたよ? 芹さんと彼の距離が近いことは理解しましたが、少なからず彼に対して不満に思うところがあるのでは?」




 あー、そこに気付いてしまったか。


 誤魔化すために「俺が芹さんを怒らせて嫌われたから、腕を捕まれて連行されたんだ」と、事実をねじ曲げて伝えている。




 なのに、芹さんが俺の見方をするだけだから、おかしいと思われるのは当然だった。


 それに対し、芹さんは少し口元をほころばせて答えた。




「彼は別に、私を怒らせるようなことはしていません。むしろ、私が彼に無茶なお願いをして、不快にさせてしまったくらいです。だから、本当に良い人なんです」


「そんな……」




 白髪の少女は、呻くように呟く。


 他の二人も、苦虫をかみ潰したような顔になっている。




「とにかく、私の前で暁斗さんを悪く言うのはやめてください。不愉快です」




 有無を言わせぬ芹さんの言葉。


 美人が怒ると、迫力があるなと思った。


 というか、ちょっとカッコいい……




 と、俺の首を締め付けていた力が緩む。


 どうやら、大柄の男子が、胸ぐらから手を離したようだった。




「すいません。助かりました」


「いえ。こちらの方こそ、私のせいでいらぬ心労をかけてしまい、申し訳ありませんでした」




 芹さんは、申し訳なさそうに頭を下げる。


 俺は「気にしないでください」と言って、芹さんと別れて教室に入った。




 三人は、特に何も言ってこなかった。


 廊下にいた人も、教室内にいた人も一部始終を見ていたが、バツが悪そうに視線を逸らすばかり。




 だが、恥を搔かされた三人は、恨めしそうに俺を睨んでおり――なんだか、厄介ごとに巻き込まれそうな気がしてならないのだった。


 


 そんな中、教室内にいた楽人がバタバタと俺の方に駆け寄ってくる。


 そして、俺の肩に手を回して耳元に口を近づける。


 それから、興奮したような様子で囁いた。




「なぁおい! お前、芹の動画に出てたろ! 記者会見的な」


「え、何の話?」


「とぼけんなよぉ! スマホがようやく直ったから、ツイットー見てたんだが、お前と芹のツーショット動画が出てきてビビったぜ」


「はぁ……」




 俺は、ため息をつく。


 そうだった。こいつには一応、素顔が割れてるんだった。


 誤魔化しても無駄だから、俺は「そりゃどうも」とテキトーに答えておいた。




「ずいぶん冷めた対応だな、おい。お前がSランクだと知ったときゃ、そりゃもう度肝抜かれたぜ! まあ、同時にお前が「紋無し」でいるのも納得したけどな。銀バッジなんてつけてたら、それこそ注目の的になっちまうもんなぁ」


「まあね」


「やっぱ素っ気ない反応だな。別にいいけど。あ、そうそうサインくれよ!」


「えぇ……」


「えぇ……じゃねぇよ! 親友のよしみだろ?」


「別にいいけど」


「楽人くんへ。ってのも忘れずに書いてくれ。あと、姉ちゃんの分と、兄ちゃんの分と……どうせなら家族全員宛に書いて欲しい!」




 面倒くせぇ。


 そう答えようとしたが、楽人は既にサインを書くようのメモ用紙を取りに、自分の席へすっ飛んでいった後だった。




 本当に自由なヤツ、と心底呆れたものだ。


 それと同時に、コイツが親友でよかったと、心から思うのであった。


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