第39話 不運な月曜日 

 ――翌日の月曜日。


 天気は朝から雨だ。


 まあ、今は六月半ば。


 言うなれば梅雨時だ。




 一昨日も雨が降ったし、こればかりは仕方の無いことだろう。


 天気予報を見るに、どうやら午後は天気が回復するらしいが。




 朝から多少憂鬱な気分で、学校に向かう。


 そこで俺を出迎えたのは――周囲の者からの猜疑の目だった。




「ねぇ、あの噂聞いた?」


「聞いた聞いた」


「あれ本当なの?」


「あいつがそうなのか?」


「うっそ。マジで?」


「ありえねぇ」




 学校の廊下を歩いていると、そういったひそひそ声が、聞こえてきた。


 皆一様に俺に注目している。




 最初こそ、俺の正体がバレたのではと、そう思っていたのだが、どうやら違うみたいだった。




 何しろ、それは俺を尊敬するような眼差しでは無く、むしろ逆。俺に対して敵意を向けるようなものだったからだ。


 


 おいおい簡便してくれよ、と俺は思う。


 だって、ようやくトラウマを乗り越えたと思ったのに、それを嘲笑うかのごとく、嫌な状況に立たされてしまった。




 人を恨み、蔑む目は――他の誰より俺自身が深く知っている。


 だから、誰かから答えを聞く前に、「自分か何かしらの影響で恨みを買っている」と判断したのである。




 だが、俺にはそんな心当たりが無い。


 というかここ数日、あまりにも濃すぎる毎日を送っていたせいで、どの案件で恨みを買ったのか、判別ができないという方が正しいだろう。




 どの案件でも恨みや嫉妬を買いそうだし、逆に賞賛されることもある気がした。




 一体、何が原因なのか?


 それは、猜疑の視線を飛ばしてくる生徒達の間を抜け、自分の教室へとたどり着いた時に知った。




 教室の前で、三人のクラスメイトが待機していたのだ。


 そいつらは俺を見るなり、視線を険しくする。


 なんとなく嫌な予感がしたので、俺はそいつらの横をそそくさと通り過ぎて、教室に入ろうとする。


 


 ――が。


 嫌な予感というのは、総じて当たるものだ。




「おい、ちょっと待てよ」




 大柄な男子に呼び止められる。


 黒髪をワックスで固めた、威圧感漂う男だ。


 上級生……いや、大学生と言われても信じてしまうくらいには、威圧感と貫禄がある。




 その両隣には、二人の男女が侍るように立っていた。


 男子の方は、高校二年生の平均的な背格好だ。


 多少目つきが悪いという点以外は特筆すべきことはなく、普通の出で立ちの少年である。




 反対側に立っているのは、やや幼げな見た目の小柄な少女だ。


 綺麗な白髪をサイドポニーテールに括っている。


 俺を睨みつけているからか、幼げなわりに迫力があった。




「えっと……なんのご用でしょうか」




 相手が俺に敵意を抱いていることは火を見るよりも明らかなので、一応下手に出ておく。




「お前、うちのクラスの篠村だよな?」


「そうだけど、そういうあなたは?」


「あぁ!?」




 俺の問いに、大柄な男子は不機嫌そうに声を荒らげた。


 そして、昂ぶった感情のままに胸ぐらを掴み上げてくる。




「いや、失礼。人の顔と名前を覚えるのが苦手なもので」




 俺は、あくまで真実を語った。


 何しろ、目立たないことを信条としている。


 自分のクラスの生徒の名前だって、覚えたところで当人に話しかけられることもないから、覚える必要がない。




 だから、単純に覚えていないので、あなたの名前を教えてくれ。という意味で問い返したのだが。


 どうやら、それで勘違いをさせてしまったらしい。


 胸ぐらを掴む手に、力が込められる。




「そうか、俺達のことは、覚える価値もないってか?」


「いや、そうは言ってない」




 俺は、両手を挙げて降参する素振りを見せる。


 だが、頭に血が上った相手には、まるで効果が無かった。




「そう言ってるのと同じだろうが!」




 男の怒りに、燃料を投下することとなってしまった。




「えっと……じゃあ、そう言っているとして、あなたは何に怒ってるの? 俺、あんたらになんかしたか?」




 それは、紛れもなく本心から言った台詞。


 相手を煽る意図などなく、純粋な疑問から来る言葉だった。


 だが、それが相手を怒らせる決定的なものとなる。




「っざけんな! 人を小馬鹿にするのも大概にしろよ!」




 怒鳴り声が、廊下中に響き渡る。


 遠巻きに俺達を見て、ひそひそ陰口をたたいていた連中も、驚いたのか話すのを辞めた。


 そんな周りの様子には一瞥もくれず、大柄の男子は俺に言い放った。




「金曜の放課後、芹なずなさんと仲良く手を繋いで、見せつけるように廊下を歩いていたそうじゃねぇか!!」


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