第38話 後輩との約束
「そ、それで先輩、機種は何にする予定なんですか?」
瀬良は、慌てたように聞いてきた。
それに対し「あ、強引に話を逸らしたな?」とツッコミを入れる愛佳を「黙って!」と一蹴する。
怒鳴るなんて瀬良らしくもないとも思ったけど、気の置けない友人と話すのなんて、そんなものかもしれないな。
そう思いながら、瀬良の質問に答えた。
「いや~それが、実のところあんまり考えてないんだよ」
というか、知識が無いからわからないというのが本音だ。
「そうなんですか」
「うん。強いて言うなら、Uフォーン10ってやつ?」
「あー、いいと思いますよ。Uフォーンシリーズの型としては少し古いですけど、未だに人気ありますし。私の周りでも……確かクラスメイトの
「へぇ。じゃあ、わりとメジャーなのか?」
「そうですね。全然おすすめですよ。でも、なんでその機種なんですか? 親が使ってるからとか?」
「いいや。なんか、芹さんがおすすめしてくれた」
「っ! そ、そうなんですか……なずな先輩が……」
驚いたように目を見開いた後、瀬良は目線を逸らす。
それから、小声で聞いてきた。
「ひょっとして、芹先輩もUフォーン10を使ってる……とか?」
「よくわかったな。そうらしい。使い勝手がいいからおすすめだってさ」
「へ、へぇ……そうなんですか」
瀬良は、ゆっくりと、それでいて小さく頷いた。
それを見ていた愛佳が、瀬良の耳元に顔を近づけ、俺にもギリギリ聞こえる声で囁いた。
「うかうかしてられないね」
「~~ッ! ち、違う! そ、そんなんじゃないから!」
首を傾げる俺の前であたふたし始めた瀬良だが、首がねじ切れんばかりの勢いで俺の方を向くと「本当に、違いますからね!!」と言ってきた。
気圧されて、思わず「おう」と返事してしまったが、何が違うのか。
そう思いつつ、俺と瀬良は少しの間だが会話に洒落込んだ。
本人に聞いたところ、今日はスマホの機種変更をしに来たらしい。
スマホの知識が全くない俺にとって、これは僥倖というもの。
瀬良に協力して貰い、俺のスマホ選びも手伝ってくれることになったのだった。
愛佳はというと、午前中瀬良と映画を見た後、暇つぶしに付いてきただけらしい。
「そういえば、モバイルバッテリーが壊れてたんだよね」と言って、モバイルバッテリーを買うとそそくさと帰ってしまった。
去り際、瀬良に「あとはごゆっくり~」と楽しそうに言っていた。
――そんなこんなで。
手の空いた店員さんに相談したりもしつつ、俺達は機種を決めた。
あれこれ魅力的なのもあったけど、結局当初決めていたUフォーン10にした。
瀬良も、元々はUフォーン8だったのだが、「この際だから」ということでUフォーン10に機種変更するようだ。
そして、それぞれ手続きを行うことになる。
――のだが。
ここで問題が発生する。
店員さんからおそるべき事実を聞いたのだ。
「18歳未満の方は、登録の際親御さんの同意が必要になります」
「ふぁっ!?」
……マジかよ。
無知故の恐怖、と言うべきだろうか。
ここまで頑張ったのに、無駄骨となってしまった。
「す、すいません。私もそれ初めて知りました」と瀬良。
なんでも、瀬良がスマホの登録をしたときは親も一緒だったようで。
そもそも、瀬良が謝る必要なんて無いから、俺は「いや、知らなかった俺が悪い」と言ったのだった。
まあ、買う機種は決まったのだし、それでよしとしよう。
結局、俺のスマホデビューは先送りになる。
と言っても、その翌週実家にとんぼ帰りして、速攻登録することになったのだが。
瀬良は瀬良で気を遣ってくれたらしく、「私も機種変は今度にします」と言った。
しかしどのみち、瀬良も機種変更は無理だったらしい。
それについても18歳未満は親の同意書または同伴が必要だったらしく、2人して顔を見合わせ「マヌケだな、俺たち」と笑ったのだった。
そんなこんなで、スマホデビュ―は(一週間だが)お預けになった。
ダコモを出ると、瀬良が声をかけてきた。
「あの、先輩!」
「ん?」
「あの……その、えっと」
勢いで声をかけたのだろう。
少しの間、次に口にする内容を選ぶように逡巡し、意を決して口を開いた。
「今日は、ありがとうございました! とっても楽しかったです!」
「お、おう。なんもしてないと思うけどな」
「そんなことないです。私にとって、先輩との時間は、一秒一秒が宝物だから……」
「っ! それって……」
急に胸が熱くなる。
それに追い打ちをかけるように、瀬良は俺の方に近づいてきた。
午後の日差しの下、至近距離で見つめ合う俺達。
ち、近い!
不意打ちもいいところで、心臓の鼓動は壊れそうなほどに高鳴っていた。
「せ、瀬良……?」
「これ、受け取ってください」
瀬良は、勢いのままに俺へ一枚の紙を突きつける。
気圧されるようにして受け取った俺は、二つ折りにされたそれを開いた。
それは、メモの切れ端。
書かれていたのは、11桁の数字だ。
「これって」
「私の携帯の電話番号です。スマホを無事に買えたら、登録してくれると嬉しいです。その……できれば、一番最初に!!」
瀬良の語気が強まる。
同時に、熱気を孕んだ風がさっと駆け抜けた。
「あ、ああ。わかったよ。約束する」
俺は、瀬良によって主導権を握られるままに頷く。
瀬良は、一瞬頬を染めたあと、弾かれたように「ありがとうございます!」と言った。
「そ、それじゃあ私はこれで!」
「……うん。気をつけて」
踵を返して、逃げるように去っていく瀬良。
途中、俺の方を振り返ってお辞儀をして、帰っていった。
あとに残されたのは、風が運んできた熱気だけ。
「夏が、近いなぁ……」
俺は、呆けたようにそう呟くのだった。
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