第36話 思わぬ邂逅
伸びきったカップ麺を啜り、身支度を済ませた俺は外へと繰り出す。
今日の俺は、白いTシャツに薄手のジーンズというラフな格好だ。
当然、オシャレというものに興味はないため、ネックレスはおろか、渋めのイヤリングさえも持っていない。
駅は自宅から徒歩15分ほど。
必然、近づけば人通りも増えるのだが、相変わらず誰も俺の正体に気付かない。
「ねぇ~、ワイバーン一撃マンさんさぁ」
などという言葉が聞こえてきて、ビクリと肩を振るわせれば、路端でスマホ片手に友人と談笑している女子高生だったりもした。
俺自身、正体がバレたことだし、隠す必要もないんじゃないかと思う部分もあるのだが、日常生活が困るのではないかという危惧があった。
故に、前髪を上げて私生活を送るということに、今一歩勇気を出せずにいた。
「えっと……確か、そこのT字路を曲がった先に、ダコモがあった気が……」
記憶を頼りに進み、左手には在来線の駅が見えるT字路を右折する。
俺自身、トラウマのせいもあり、活動圏はあまり広くない。
だから人の往来が激しい場所はなるべく避けてきたのだが、駅周辺だけはちょくちょく通っていた。
なぜなら、実家に住んでいる妹が、たまに電車で遊びに来るからだ。
人混みが苦手だろうと、外出が嫌いだろうと、それでも妹を迎えに行くのはかかさない。
我ながらなんと素晴らしいお兄ちゃんだろうか。
そんなこんなで、見慣れた駅を背に少し歩くと、お目当ての『ダコモ』と書かれた看板を発見。
コンビニエンスストアより二回り大きい1階建ての店で、自動ドアも含めて前面はガラス張りだった。
外から中の様子を窺うと、なるほど。
普段はこの道を通るとしても素通りだったから気付かなかったが、確かにスマートフォンやら、その他電子機器のようなものが店内に置いてある。
カウンター席や丸テーブルに腰掛けて、顧客と店員が話している様子を見る限り、スマホに関する知識が皆無な俺でも、問題なく購入と登録ができそうである。
少し安心して肩の力が抜けた俺は、ダコモに入店する。
入店した俺は、まず周囲を見渡した。
本当なら、勘の良い店員さんが俺に気付いて来てくれると心強かったのだが、どうやら来たタイミングが悪かったらしい。
「いらっしゃいませ」
と遠巻きに挨拶はくれたものの、すぐに忙しなく仕事へと戻ってしまう。
まあ、日曜の昼下がりだしね。
五席ある丸テーブルも全て埋まっているようだ。
たぶん声をかければ、作業を中断して対応してくれるのだろうが……あまりにも大変そうだったから、気が引けたのだ。
こちらとしても、急ぐような用事が後に控えているわけでもない。
とりあえず、一人で適当に商品を見ることにした。
スマホはたくさんあるし、知識の無い俺でも気に入った商品が見つかるだろう。
そんな感じで、甘く見ていたのだが――
あー、これは……違いがわかりませんねぇ。
ものの1分も経たず、そう結論を下す俺。
Uフォーン10、とか芹さんは言ってた気がするけど、Uフォーンて名前がつくものだけでなんか5種類くらい並んでいる。
たぶん、数字が大きくなるほど後期型になり、性能とかが向上しているのだと思うが、そもそもスマホ自体持ったことがないのだから、違いを比べようにもどうしようもない、という感じである。
俺としては、性能云々よりも、扱いやすいものを選びたい。
初心者だしな。
とすると、やはり店員さんから詳細な説明を受けた方がいいか。
高い買い物だし、適当に見繕うわけにもいかないのだ。
俺は、きょろきょろと辺りを見まわす。
スマホを見ているうちに、どうやら一組客が抜けた様子。
相手をしていた店員さんの手が、空いている。
こういうとき、コミュ障が発動しがちな俺は、思わず固まってしまう癖がある。
だが、昨日花島社長相手に大見得切った成果か、今日はわりとそんなこともなかったのである。
「あの、すいませ――」
俺は、声を発しかけて。
「あれ? せ、先輩?」
そのとき、聞き馴染んだ声が後ろから投げかけられた。
思わず振り向いて、驚く。
なんと、私服姿の瀬良が立っていたのだ。
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