第35話 日曜の昼時に
――翌日。
怒濤の土曜日が終わり、どっぷりと疲れが溜まっていた俺は昼近くに起きた。
日曜に昼近くまで寝るというのは、全人類の密かな野望……とまでは言わないが、憧れである。
まあ、俺の場合は午前中をすべて潰してしまったという小さな罪悪感も、芽生えたりするのだけど。
とにかく、のそのそとベッドから起き上がった俺は、着替えを済ませて閉めていたカーテンを開けた。
見事なまでの快晴。今日も世界は平和である。
「とりあえず……飯にするか」
寝起きだとあまり腹が減らないものだが、昼近くに起きたこともあり、小腹が空いている。
と言っても、俺の場合「健康で文化的な最低限度の生活」の中に、「自炊したご飯」という概念は含まれない。
必然、棚に溜め込んでいるカップ麺である。
朝(昼)からコッテリ豚骨とかはちょっと胃に来そうなので、しょうゆ味を選択。
“味の選択”ができる通り、我が家の棚は、ある意味ミニサイズのドラッグストアのカップ麺売り場みたいになっていた。
沸騰したお湯を注いで、3分待つ。
この待っている時間が、なかなか楽しいんだよね。
まあ、芹さんとか妹の綾とか、この場にいたら絶対怒るだろうけど……
「またカップ麺ばっかり食べて!」とか言ってくる姿が、脳内再生される。
仕方ないじゃ無いか。
楽して美味しい。こんな夢のようなアイテムがあるのだから、手に取らないはずがない。
などと考えながら、3分経つのを待っていると。
――プルルルル。
ふと、家の固定電話が鳴った。
「誰だ」
俺は席を立ち、振動している受話器の方へ向かう。
まさか、妹の綾に勘づかれたわけじゃないよな……いや、あり得るぞ。アイツ妙なところで勘が鋭いし。
そう思い、恐る恐る固定電話の液晶に映る文字を見る。
相手の電話番号の下に、自分で設定した「芹さん」という文字。
「ああ、芹さんからか」
俺は、受話器を取って耳にあてた。
「もしもし。どうかされましたか」
『――あ、暁斗さん。突然すいません。今、大丈夫そうですか?』
受話器越しに聞こえる、芹さんの柔らかな声。
うん?
待てよ。
まさか、これは人生初の女子との生電話では!?
半ば強引に連絡先を聞かれた形だが、今となっては伝えておいて良かったと思う。
というか、第一印象に比べて随分と丸くなったものだ。
たぶん、Sランクの冒険者を是が非でも協力者に引き入れたいとか、話題性とか、そういう面もあったんだろう。
妹のために、多少嫌われても協力を取り付けるしかない、と躍起になっていたのだ。
状況がようやく一段落した今、芹さん本来の“優しさ”を取り戻してくれたようで助かった。
正直あのまませがまれでもしたら、本格的に人付き合いを考えねばならなかったところだ。
「大丈夫ですよ。何かご用ですか?」
『実は、先程DUUMから連絡がありまして。暁斗さんに、これから先協力していただけるとのことで、暁斗さんの連絡先を知りたいと――』
「いいですよ。伝えておいてください」
『あ、あのそういうことではなく――』
ん?
じゃあどういうことだ。
眉をひそめる俺に、芹さんは受話器の向こう側で説明してくれた。
なんでも、今後いろいろなやり取りをする必要があるから、できればスマホの方が助かるのだと。
もちろん、こちらがスマホを持っていないことをしれば、相手も無理強いはしないと思うが……こちらが協力を申し出てビジネスに関わっていく以上、常にどこでも連絡をやり取りできるのに越したことはない。
「要するに、スマホを買った方がいいよってことですか?」
『そういうことになります。もちろん、できればですが。無理なら、固定電話の番号を伝えるので――』
「いいですよ。スマホ買います」
俺は即決した。
『いいんですか?』
「ああ。これでも一応Sランクだから、お金の面は問題ないんです」
モンスター狩りをしまくって、資金はあるのだ。
スマホを持っていないのは、特に必要ないと思ったから。
ああ。
決して、機械音痴だからだとか、連絡をとる友達がいないからとかではない。
テレビや電子レンジくらいは俺にも扱えるし、友達だってたくさんいる。
楽人に、瀬良に……、……まあ、たくさんだ。
「今日やることなかったし、早速買ってきます。家電量販店に行けば買えますよね。ビッグガベラとか、そういう……」
『え?』
「え?」
芹さんの驚いたような声に、俺も反応する。
『購入と契約は……たぶんできると思いますけど、そういうのって普通携帯ショップでやるものでは?』
「携帯ショップ?」
『はい。ダコモみたいな。もっとも私はそうしただけなので、家電量販店で契約する方もいるとは思いますけど』
「そ、そうなんですね」
だめだ。
素人過ぎてよくわからない。
家電量販店でも契約や購入ができるということは、当然それを利用する人も多いということなのだろうが、何分俺は無知である。
ここは詳しい芹さんの意見に従った方が良さそうだ。
まあ、芹さんの言う「ダコモ」というお店は駅の近くにあったし、行ってみればなんとかなるだろう。
「ありがとうございます。ダコモに行ってみます」
『どういたしまして。それと――』
芹さんは少し口ごもったあと、硬い口調で言ってきた。
『これは参考程度に思っていただければいいんですけど、私の機種はUフォーン10です。こ、困ったらそれにしてみると、外れないかな~なんて……』
「わかりました。Uフォーン10? ですね。迷ったらそれにしてみます」
『あ、ありがとうございます』
急に芹さんの声が明るくなる。
なんでお礼を言われたのかよくわからないが、まあ機種を探して見ることにしよう。
そう思いながら、しばらく芹さんとの雑談をするのだった。
――ちなみに、そのせいですっかりカップ麺の麺が伸びてしまったのは、言うまでもない。
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