第29話 いざ、アイドル事務所へ

 ――最寄りのコンビニでニール傘を購入し、芹さんの案内でAISURU・プロダクションに向かった。




 この辺りは事務所が多いのか、DUUM本社から歩いて15分足らずで目的のアイドル事務所に到着した。


 テナントの入っている五階建てのビルに入り、受付に向かう。




 どうすれば、芹さんのマネージャー的な人と話が出来るのか、詳しくないからわからなかったが、その辺は芹さんがうまくまとめて受付に話を通してくれた。


 どうやら、マネージャーと社長が直々に対応してくれることになったらしく、俺と芹さんは応接室で待っているよう促された。




「応接室はこっちです」




 芹さんの案内で、応接室へ向かう。


 グレーのカーペットが敷かれた狭い通路を通り、観葉植物の鉢が置かれている突き当たりを曲がった先に、応接室があった。




「失礼します」




 一応断ってから、扉を開ける。


 中にはまだ誰もいないようで、衝立ついたてで仕切られたテーブル席が四つ設けられていた。




 俺達は、指定されていた窓側の手前の席に座り、マネージャーさん達の到着を待つ。


 降りしきる雨が窓ガラスの上で弾け、下に流れて行く。


 まるで、窓全体が泣いているかのようだ。




 ふと、芹さんはサングラスとマスクを外した。


 ここなら、みんな顔を知っているから取り外しても問題ないのだろう。




 俺もまた、ズボンのポケットから髪留めを取り出し、後ろの髪を縛る。




「ど、どうされたんですか? 急に髪を整え出して」


「あー、いや。ちゃんとした格好で出ないと相手に失礼ですし、それに……俺と芹さんの関係をわかってもらうには、この方が手っ取り早いかなって」




 俺は、前髪を髪留めで留めながら答える。




「そうなんですか。なんとなく思ってたんですけど……暁斗さんてしっかりしてますよね?」


「そうですか? 自分ではあまり自覚無いけど」




 そう答えたとき、ガチャリと無機質な音を立てて、応接室の扉が開いた。




 俺達は反射的に立ち上がって、入ってくる人達を出迎える。


 一人は、度が強そうなメガネをかけた30代半ばと思われる黒髪の女性。


 そしてもう一人は、栗色に染めた髪をカールに巻いた、20代後半と思しき女性だ。




 前者は厳格なビジネスウーマン。後者は、言い方は悪いが、ノリが軽そうなJKっぽさが抜けきっていないOL風の雰囲気が漂っている。




 風格的にも、先に入ってきた長身のビジネスウーマン的な女性の方が社長だと思う。




「お時間をいただき、ありがとうございました。社長」




 テーブルを挟んで、二人が向かい側につくと、芹さんは頭を下げる。


 それに合わせて俺も深々とお辞儀をした。




「いいのいいの。私も、こんな大事なことを、電話だけで済ませるつもりは無かったし」




 厳格なビジネスウーマン風の女性……ではなく、もう一人の小柄の女性が、手をふにゃふにゃと振りながら答えた。




 え?


 こっちが社長?


 いや、だって……え?




「ところで、そっちの子はだぁれ?」




 不意に、社長さんが俺の方に視線を向ける。


 亜麻色の瞳が、値踏みするように俺を舐め回した。




「は、初めまして。篠村暁斗と言います。僭越ながら、芹なずなさんのダンジョン配信のお手伝いをさせていただくこととなりまして――」


「あ~! 今噂のカッコ可愛い男の娘ねぇ!」


「カッコかわ……? まあ、そういうことになる……んですかね」


「初めまして。私はAISURU・プロダクションの社長、花島るみです。よろしくね、暁斗ちゃん」


「暁斗ちゃ……え?」




 何この人のノリ?


 本当に社長なの?


 


「やめてください花島社長。信用問題になりますよ」


「わかってるわ、あきのちゃん。でも、若い男の子を見ると、ど~しても心が躍っちゃうのよ。特に彼、美形だし。ウチの事務所の子達と、十分タメ張れるポテンシャルだわ」


「気持ちはわかりますが、男子高校生をナンパするアラサーがどこにいますか。ご自分の年齢を弁えてください」




 そう釘を刺したビジネスウーマン風の女性は、困惑する俺に深々と頭を下げる。




「ウチの社長がご迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳ありません」


「は、はぁ……まあ、お気遣いなく」


「申し遅れました。わたくし、芹なずなさんのマネージャーを担当させていただいております、丸山秋之まるやまあきのと言います」




 そう言って、丸山さんは名刺を差し出してきた。


 ――一人で興奮している社長さんの名刺も含めて。




「こ、これはどうもご丁寧に」




 俺は、名刺を受け取りながら、やっぱりまだ困惑していた。




 え?


 この人が社長じゃないの? どうなってんの、この会社。




 そう思っていた俺だったが。


 数分後、俺は彼女に、社長としての貫禄を見せつけられることとなる。




「さて……少し舞い上がってしまったけれど、お話を聞きましょうか」




 ふと、社長の纏う雰囲気が変わった。


 そこで悟る。


 今までのは、初対面の場で多少場を和ませるための余興であったのだと。




 俺は図らずも唾を飲み込んで、花島社長の方を見据えると、重い口を開いた。




「なぜ芹さんを解雇されるのか、その理由をお聞かせ願えませんか?」

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