第30話 不穏な論争
窓の外では、大粒の雨がノイズのように上から下へと落ちている。
花島社長は、雨音に負けない声色で、淡々と語り出した。
――話の内容を総括すると、予め予想していた通りのものだった。
ワイバーン事件で一度、既に大きな妥協をしていること。
そのほとぼりが冷めぬうちに、新たな事件を引き起こしてしまったため、事務所としても何らかの責任をとらなければならなくなったこと。
その二点について、およそ15分のあいだ、付け入る隙の無い完璧な説明をされた。
「――以上になります。幸い二度目は、最悪の事態だけは避ける形となったようですが、それでも“問題を起こした”という事実に変わりはありません。よって、事務所としては何らかの対応をしなければならなくなる。ご理解いただけたかしら?」
社長さんは、初見とは打って変わった冷静な態度で、そう締めくくった。
社長さんの話に集中していたからか、急に雨音が大きくなったような錯覚に囚われる。
隣に座る芹さんは無言。
ただ、現実を受け入れるように俯いたまま、微動だにしない。
俺は、そんな芹さんを横目に見つつ口を開いた。
「それが会社全体の決定であることはわかりました。ただ、社員の中には、彼女を手放すことに否定的な意見を持つ方もいるのでは?」
「確かに、あなたの言う通りね。今回の騒動は、不祥事ではあるけれど炎上を引き起こすようなものではなかった。たぶん、あなたが話題の中心になって、興味を惹いてくれているお陰ね」
「だったら――」
「でも、言ったでしょう? これは会社の信用問題にも関わるものなの。二度の不祥事で、奇跡的に命が助かってプラスの反響を呼んでいても、実態は「芹なずなという人間の杜撰な計画が招いた結果」と捉えることはできてしまう。そこに付け込まれて、後々炎上する事だって考えられるわ」
「っ……」
俺は、押し黙ってしまう。
黙ることしか出来ない。
歯に衣着せぬ言い方だが、残念ながら正論だ。
それでも、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「……しかし、「杜撰な計画」というのなら、それが直接影響するのはダンジョン運営協会やDUUMなどでは? 今回の事件は、両方ともダンジョンに関する問題ですし。そのDUUMと話をして、多少のペナルティこそありましたが、ダンジョン配信者として今後一切活動できなくなるようなものではなかった。間接的にしか影響を及ぼさないアイドル事務所がバッサリ契約を切るというのは、いささかやりすぎでは?」
DUUM側に謝罪をしに行った際、今後俺が必ずバックアップについいくという条件を提示して、なんとか1ヶ月間の謹慎処分に落ち着いた。
芹さんがダン・チューバーとしてこれだけの期間活動できなくなるというのは手痛いものかもしれないが、それくらいはしないと世間的に体裁を保てなくなる。
今回の事件、盛り上がりを見せる裏でDUUM側に管理態勢の問題で苦情が来ているのもまた事実だからだ。
ただ、その分応援のメッセージも届いているのも事実だった。
俺自身が大々的に「責任を負うべき人間だ」と発信したことも幸いしたのだろうが、直接問題が響くDUUMの対応がそうだったのだ。
間接的にしか影響が来ていないAISURU・プロダクションが、それ以上の重い罰則を与えるのは、理不尽というものではなかろうか?
そう主張したのだが――
「あなたの言い分はわからなくない。けれど、それは他社の決定よ。当社とは何の関わりもない上に、敷かれたルールも、対応方針も違うわ。そもそもの問題として、比較すること自体がお門違いなのよ、ぼうや」
「ッ!」
突き放すような言葉。
俺は、図らずも息を飲んだ。
にわかに、降りしきる雨の音が大きくなる。
外の景色は、大量の雨粒で真っ白に染まっていた。
「それで……なずなちゃん。あなたはさっきから俯いて何をしているの?」
俺が反論できないでいると、社長さんの矛先が隣にいる芹さんへ向いた。
「よくわからないけれど……聞いた感じでは、暁斗ちゃんはあなたの護衛役でしょ? マネージャーでも、プロデューサーでもない。そんな彼が一人で頑張ってるのに、肝心のあなたは
「っ」
芹さんの肩が、ぴくりと反応する。
「ちょ、ちょっと待ってください。彼女は今、そんな精神状態じゃ――」
「そんな精神状態じゃなくても、あなた達は今ここにいる。それは、何のため? 私達と話すためよね? イスの上で縮こまって震えてるためだけに来たの?」
「そ、それは……」
すかさず論破され、俺は視線を逸らしてしまう。
たぶん、彼女もいっぱいいっぱいの状態で、それでも何とかしようと今回の面接に臨んだはずだ。
だが、先の15分。
彼女の不祥事に対する会社側の対応理由を淡々と語る花島社長は、はっきり言って恐ろしかった。
部外者であるはずの俺ですら、胸に刺さったくらいだ。
ただでさえ精神が不安定である彼女にとっては、追い打ちとなってしまったに違いない。
「そもそも、たった二人しか相手にしていない場で、何も言えずにいるような子が、この先トップアイドルになれると……本気で思っているの?」
「社長! 流石にそれは言い過ぎです!」
黙って聞いていたマネージャーの丸山さんが、慌てて口を出す。
「そうね。ごめんなさい、言い過ぎたわ」
社長は、小さくため息をついてそう呟いた。
夢見がちな十代に突きつける夢を否定する言葉は、時にどんな暴言よりも鋭利な棘となって胸に突き刺さる。
しばらく、重たい空気だけがこの場を支配した。
しかし、静寂を破るようにして、言葉を発する者がいた。
――今まで、ショックから黙りを決め込んでいた芹さんだった。
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