第15話 学校のアイドルと食卓を囲んだ
「ご飯、作りましょうか?」
その突拍子もない発言に、俺は一瞬目を見開く。
学園の華、現役アイドルの手作りご飯!
そんな羨まシチュエーション、この好機を逃せば、もう二度とやってこないだろう。
俺は、ごくりと唾を飲み込み、満を持して答えた。
「遠慮しておきます」
「あ、あれ?」
予想外の反応だったのか、芹さんは眼をぱちくりさせる。
「てっきり、男性からしたら女性の手料理って喜ばれるものだと思っていたんですが……」
「いや、そりゃ食べたいですよ実際。ただ、食べたら護衛を希求する理由に使われそうなので」
「うっ……そ、そんなことしませんよ」
今この人「うっ」って言った?
「生憎と夕飯は買ってあるので、それには及びません。ですので速やかにお引き取りください。今すぐに」
「だんだん暁斗さんも遠慮が無くなってきましたね」
芹さんはふて腐れたように眉をひそめてから「ちなみに何を作るんですか?」と聞いてきた。
「作りませんよ? カップ麺と野菜ジュースが今日の夕飯です」
「え……」
「何でそんな哀れみの目で俺を見てるんです?」
「失礼ですが、栄養失調で倒れたことは……」
「ありませんよ流石に!」
「普段料理とかは?」
「します! 昨日の夕飯は卵掛けご飯つくりました」
「……まず卵掛けご飯を手料理と認識している時点で重傷ですね」
芹さんは、哀れみを越えて虚無の瞳で俺を見た。
卵掛けご飯は、自力で卵を割って、白飯の上にかけて、醤油を垂らす。
完成まで三工程もある立派な手料理と言えよう。
「はぁ、これは見過ごせませんね」
芹さんは小さくため息をついて踵を返すと、ダイニングキッチンに向かった。
何事かと思っている俺を置き去りに、小型冷蔵庫の扉を勝手に開け、中身を確認し始めた芹さん。
「な、なにしてるんですか!」
「見ればわかるでしょう? 夕飯の準備です」
「いや、だからそれはする必要がないって――」
「何を言ってるんですか! 栄養失調で倒れられたら困るでしょう?」
「「俺が」じゃなく「あなたが」護衛を頼めなくなるから……ですよね?」
「そ、そんなことは……ないです」
そこは言い淀まないでくれ。
――まあ、そういう理由がなきゃ、陰キャの俺にご飯なんて作ってくれるはずがないとも思うが。
「あ、そうだ。いきなり知らない人にご飯作ってもらうのも怖いと思うので、毒味的な感じで私の分も作らせていただきます。あと、私の分の材料費はちゃんと払うんで、安心してください」
「は、はぁ……」
俺は、なんだか拍子抜けして変な声を上げてしまった。
あんなになりふり構わず俺を巻き込もうとしてきた芹さんが、まともなことを言ったからだ。
それはそれとして、台所に立つ女の子を見る日が来るとは思わなかったな。
などとマヌケな感想を抱く俺なのであった。
――。
「できました」
20分後。
冷めたココアをチビチビ舐めながら座って待っていた俺の前に、料理の乗った皿が置かれた。
黄金色のヴェールがかかった、この料理は。
「オムライスですか」
「はい。冷蔵庫の食材が心許ないときに良く作るので。嫌いですか?」
芹さんは、俺の向かいの席に自分用に作ったオムライスを置きながら、そう聞いてくる。
「いいえ、全く」
オムライスか。ラブコメでよく見るド定番の料理といった感じだ。
これで、「愛してる♡」とかケチャップで書いてくれたら最高なんだけど。
「あ、まだ完成じゃないので待ってくださいね」
芹さんはケチャップの蓋を開け、テーブルの反対側から俺の方にずいっと身を乗り出してきた。
大きな胸が目の前に迫り、俺は図らずも息を飲む。
こ、この展開はまさか――?
芹さんは器用にケチャップをかけ、スラスラと文字を書いていく。
「はい、できました」
芹さんは、ケチャップの蓋を閉めて身を引いた。
夢にまで見た手書きオムライス。
これは目に焼き付けねば!
未だドキドキしている胸を押さえ、俺はオムライスに目を落とす。
黄金に輝く玉子の衣に、愛情溢れる赤色の文字で書かれていたのは――
「協力して☆」
……ああ、まあそうなるよね。
別に、あわよくばとか思ったわけじゃない。
ちょっとだけ……目から血の涙が噴き出しそうになっただけだ、うん。
――。
「味はいかがですか?」
「美味しいです。俺みたいな陰キャが独占してしまうのが勿体ないくらいに」
俺は、スプーンを口に運びながら即答した。
「よかったです。真面目な話、協力とかは抜きにしても、カップ麺や卵掛けごはんばかりだと、身体を悪くしちゃいますからね」
芹さんは、穏やかな笑みを浮かべて、オムライスを口に運ぶ。
ただ一言「良い感じかな」とだけ呟いて、幸せそうに二口目のオムライスを口にした。
こうして見ている分には、ただの美少女……いや、通い妻って感じだ。
学校で見る芹さんも、いろんな人に気さくに接しているだけで、我が儘女というイメージは一切無い。
さっき、俺のことを気遣ってくれたことからも、アイドルに直接関係の無い部分ではまともな思考回路をしているのだろう。
だからきっと、こっちの彼女が素のはずだ。
一体何が、彼女を頑なにアイドルとして大成させようと先走らせるのか?
一瞬、そんなことを考えてしまった。
もちろん、俺にだって断る理由があるから、オムライスで買収される気はない。
が――並みの男なら買収されていよう。
それくらいこのオムライスは魅惑的だった。
卵と米とケチャップで、こんな旨い料理ができるものなのか? 材料は卵掛けごはんとほとんど違わないっていうのに。
「凄いですね、芹さん」
「何がですか?」
「いつもこんな美味しいご飯を一人で作ってるなんて。アイドル活動とか配信とか、忙しいはずなのに。その辺りは素直に尊敬します」
「な、なんですか急に。この程度……当たり前ですよ」
芹さんは、なぜか言葉に詰まって、そっぽを向く。
俺、何か気に障るようなことを言ったかな?
芹さんの反応に疑問を抱きつつ、あっという間にオムライスを完食したのだった。
――その後、彼女が帰るまで押し問答が続いたことは言うまでもない。
結局俺は協力を断り続けたので、芹さんも埒があかないと判断したらしく「どうか協力してください」から「せめて連絡先を教えてください」に変わった。
だが、生憎と俺はスマホを持っていない。
そのことを伝えたら「う、嘘。原始人ですか?」とか言われたのは、ちょっとだけ根に持っている。
ただ、夕飯をご馳走になった手前無下にすることもできず、最終的には家にある固定電話の番号を教える形で落ち着いた。
できれば今後、関わりたくないのだが。
今をときめく陽キャアイドルに、俺の正体と家の場所、さらには連絡先まで知られてしまった。
もう今までの生活には戻れないような予感に、俺は戦々恐々とするのだった。
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