第14話 彼女の懇願
「つ、付き合ってって……それは一体どういう?」
「……え? あ!」
急に芹さんは、沸騰したように真っ赤になる。
「ち、違います! 付き合ってというのは恋愛的な話ではなくて……! そもそも私、告白とかお付き合いとか、そういう経験ないので!」
「えっと……では、何に対しての「付き合って」なんですか?」
「それは、ですね」
真剣な顔つきに戻ると、芹さんは頭を下げてきた。
「私がダンジョン配信をするとき、護衛をお願いしたいんです」
――そういう「付き合って」だったか。
うん。俺みたいな陰キャが告白されるわけないって、最初からわかってたし。
ちょっとだけ一瞬期待しちゃったとか、そんなこと絶対にないし。
「どうされました? 心なしか、目が死んでいるような気がするのですが」
「大丈夫です。いつものことなんで」
首を傾げる芹さんに、真顔でそう返した。
「それで。大前提として、どうして護衛を頼まなければならないんです?」
「暁斗さんもご存じの通り、私はDUUM所属のダン・チューバーであり、AISURU・プロダクション所属の現役アイドルでもあります」
「所属までは知らないけど、まあその通りですね」
「実は、昨日の騒動でアイドル事務所の方からダンジョン配信を辞めるように言われてしまって。危険が伴う活動をこれ以上続けるのなら、せめて今まで以上の優秀な護衛を付けろと。元々Aランク冒険者を四人ほどDUUM経由で雇っていたのですが、今回の事件で契約を破棄されてしまいまして」
「なるほど」
まあ、妥当な判断だろう。
これはビジネスだ。いつ怪我をするかわからないような危ういアイドルを起用し続けることは、事務所にとってもリスクが高いはず。
Aランク四人以上に匹敵する護衛を付けろ、というのはいささかオーバーな気もするが、ダンジョンでは何が起きるかわからない。
危うく命を落としかけるような事態に陥った以上、今まで以上の護衛を付けろというのは、アイドル事務所としても最大限の譲歩と言ったところだろう。
「それで、またなんで俺にそんな話を? 俺はただの一般人ですよ。悪いですが護衛に足る実力は無いので、俺を雇おうというのなら――」
「そうじゃないことは、もう確信しています。正体を隠しても無駄ですよ?」
芹さんはあるものを取り出し、俺の前で見せびらかしてきた。
それは――
「え!? 俺の銀バッジ!? なんであなたがそれを――」
「はい。言質いただきました」
「なっ! しまった!」
慌てて口を塞ぐが、後の祭り。
あまりの衝撃でつい墓穴を掘ってしまった。
「さっき、ぶつかったときに落として行かれたので」
ああ、あのときか。
もっとちゃんと周囲に気を配るべきだったと、今更後悔する。
「まあ、拾ってくれたことには感謝します。ありがとうございました――」
俺は、芹さんからバッジを受け取ろうとする。
が、俺の手がバッジに触れる寸前で、芹さんはひょいっと手を引っ込めた。
「な、なにするんです?」
「取り引きです!」
「はぁ?」
「暁斗さんが私の護衛をしてくれるのなら、このバッジはお返ししましょう」
「んなっ!」
なんて底意地の悪い。
――別に銀バッジくらい再発行できるからいいけど。
「――悪いですが、バッジを引き合いに出されても無理なものは無理です。俺はとにかく、目立ちたくない。今回の件も、ほとぼりが冷めるまで落ち着いているつもりです」
「そうですか。では、私に協力してくださらなければ、あなたの正体を世間に公表しますが、いかがしますか?」
「脅迫!? しかもどのみちバレるという二択に見せかけた一択クイズ!」
なんだってこんな質が悪いんだ、このアイドルは。
「……というのは流石に冗談です。私もそこまで底意地が悪いわけではないので。もちろん、是が非でも協力を仰ぎたいところなんですけどね」
芹さんは、銀バッジを差し出してきた。
冗談……と言う割には、残念そうな顔をしているのが気にかかるんだけど。
俺は、バッジを受け取りつつ思ったことを素直に伝えた。
「俺にもいろいろ事情があるので、この件を受諾することは難しいです。それに……恩を売る気はないので今まで黙ってましたが、あなたは一度俺に助けられている。感謝されるならまだしも、あなたのお願いを強要される筋合いはないんですが」
「うぐっ……そ、それは」
芹さんは、眼を泳がせる。
一応彼女にも、後ろめたい部分はあるようだ。というより、あってくれなければ困る。
「その節は本っっっ当にありがとうございました! どうか今後ともお力を貸してください!」
「……清々しいくらい欲望に忠実ですね」
テーブルに置いたココアに頭突きする勢いで頭を下げる芹さんを見ながら、俺は呆れてため息をついた。
このハングリー精神は見習いたい。
「一応聞いておきますが、ダンジョン配信者をやめてアイドル活動に専念するという選択肢は――」
「ないです。元々アイドル活動における知名度に伸び悩んで始めたのが、ダン・チューバーですから。ダン・チューバーの方が成功してくれたお陰で、そっち方面で私を知ってくれる方が増えて、最近はアイドル活動もようやく波に乗り始めてきたんです。それに、あなたのお陰で掴んだトレンド1位、全国ニュースのアドバンテージを利用しない選択肢なんてないです。ダン・チューバーを続けて、その上で話題性も重なれば、アイドルとしての活動も成功するに違いありません」
芹さんは、ガッツポーズをして見せる。
「だから、どうかお願いします!」
「……とりあえず、あなたが、嫌がる人間を無理矢理巻き込んででも、ダンジョン配信とアイドル活動を続けたいってことはわかりました」
学校一のアイドルに協力を頼まれたら、二つ返事で協力するのが当たり前かもしれない。
少なくとも、俺みたいな陰キャにとってはまたとないチャンスなのだろう。
でも――俺にだって、それ相応の理由がある。
不用意に目立って、あんな思いはもう二度としたくない。
「すいません。どうお願いされても、俺は首を縦には振れません。なのでどうかお帰りくだ――」
真剣に、お断りしようとしていたそのときだ。
ぐぅ~。
空気を読まない腹の虫が、盛大に鳴りやがった。
またこのパターンか。
女子と話している時にお腹が鳴る呪いでもかけられているんだろうか?
「お腹空いてるんですか?」
「……まぁ」
俺は、恥ずかしさで真っ赤になった顔を隠しながら答える。
芹さんは、人差し指を細顎に添えて何やら考える仕草をしたあと、思ってもみないことを告げてきた。
「ご飯、作りましょうか?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
ご愛読ありがとうございます
芹なずなちゃん、主人公との本格的な初会話が多少ウザい感じなので、読者様のヘイトを買いそうなキャラだな~と、書きながら思っていました
しかし、主人公に目立ちたくない理由があるように、彼女にも、必死に懇願する理由があったり……?
明かされるのを楽しみにしつつ、今後も御一読いただければ幸いです
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます