第13話  学校のアイドルが、自宅を訪ねてきた!?

《芹なずな視点》


 インターホンを鳴らした私は、大きく深呼吸をした。

 それから、さっき彼とぶつかった場所で拾った銀バッジを制服のポケットから取り出し、それを見る。


 間違い無い。

 彼は、先日私を助けてくれた人だ。

 そして――私が今、一番求めている人でもある。


 彼は、私を助けてくれた命の恩人だ。感謝してもしたりない。

 そんな彼を……これから私の我が儘に巻き込むのだ。


 ひょっとしたら、嫌われるかも。

 絶対ウザいって思われる!

 そんな不安が渦を巻くけれど、一歩も引けない理由がある。

 彼に嫌な顔をされても、嫌な女だと自覚してでも。


 暗い顔をするわけにはいかない。例えウザい女だと思われようと、それを演じよう。本当なら相手の同情を買ってでも頭を下げたいけれど……私の事情を悟られるわけにはいかない。だってこれは、結局私の都合なのだから。


「私、必ず成功させるから……待ってて、結絆(ゆいな)」


 そう呟くのと同時。

 ガチャリ。

 音を立てて、玄関の扉が開いた。

 


《暁斗視点》



「えーっと、宗教とかバイトの勧誘なら間に合ってるんで。じゃあ、そういうことで」


 俺は、芹なずなが話を始める前に、そう口早に言い捨て、扉を閉めようとする――


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 芹さんは閉まりかけた扉に無理矢理手を差し込んで、阻止してきた。


「痛っ! 何するんですか!」

「いや。どう考えても自分から挟まれにいきましたよね。駆け込み乗車はおやめくださいって、駅員さんに言われませんでした?」


 俺は、扉を開けて芹さんの手を解放する。


「いきなり扉を閉めるからじゃないですか。そんなに私と話すのが嫌ですか?」

「いや、そういうわけでは……ないですけど」


 話せて嬉しいというのが素直な感情だが、今一番会いたくない人ランキングナンバーワンだから仕方ない。



「それで。怪しい勧誘じゃないなら何なんです? 芹さんが俺の家を知ってるなんて思えないし、まさか後をつけてきたわけじゃ――」


「正解。あなたの名前も家も知らないから、ストーキングさせてもらいました」


「ちょっと待っててくださいね。今すぐ119番にかけてきますから」


「素直にストーカー行為を認めたんだから、この後「大事な話につながる」ってことくらい察してください。それと、警察は119番じゃなくて110番ですよ。間違えないでくださいね」


「え、はぁ。すいません」




 まさかストーカーしてきた人間に訂正されるとは。


 まあでも、彼女の言うことはもっともだ。


 彼女は現役アイドルであり、(俺のお陰で)今絶賛話題沸騰中の大人気ダン・チューバー。


 


 そんな彼女が、ストーカー行為をするのはいろんな意味でリスクがありすぎる。


 つまり、そのリスクを負ってでも俺を付けてきたということは、そうするだけの理由があったということだ。




「とりあえず、話は聞きます」


「ありがとうございます。では」




 芹さんは小さくお辞儀をしたかと思うと、すっと俺の横を通り過ぎ、あろうことか玄関で靴を脱ぎ始めた。




「ん? 何をしてるんです?」


「立ち話をするのも何なので、お邪魔させていただきますね」


「え、はちょっ……えっ!?」




 しれっととんでもないことを言い出した芹さんに、慌てて詰め寄る。


 


「流石にそれは、心の準備が……!」


「大丈夫です。プライバシーの侵害はしないので安心してください。エッチな本とかあっても、気にしませんから」




 いやそれはそれで、一周回って傷付くんだが!


 靴を脱いで上がった芹さんは、あたふたと慌てる俺を振り返って言った。




「突然お邪魔してしまったことは、謝ります。でも、周りに聞かれたくない大事な話があるので」




 そう語る芹さんの眼は、いつになく真剣で。


 気付けば俺は、首を縦に振っていた。




 ――。




「うわ~、個性的な部屋ですね」


「素直に汚いって言ってくれませんか。なんというか、余計に虚しくなる」




 リビングに上がった俺達は、小さな木のテーブルに向かい合って座っていた。


 お互いの目の前に置かれた、ココアを入れたマグカップからは、空気を読まない白い湯気が立ち上る。




 壁掛け時計が刻む音が、妙に胸に刺さった。




「あなたは……えっと……」


「名前は暁斗です。篠村暁斗」


「暁斗さんは、一人暮らしをされてるんですよね? 玄関に靴が一組しかなかったし」


「はい。高校に上がってからは、そうですね」


「そのわりに、イスは二つあるんですね」




 芹さんは、自身が座っているイスを軽く叩きながら「これは来客用ですか?」と聞いてくる。




「いえ。たまに妹が遊びにくるので、そのときのために」


「そうなんですか」


「そうなんです」


「……」


「……」




 気まずい。


 めっちゃ気まずい。


 


 彼女なんてできたことないからわかんないけど、付き合いたてのカップルが、たぶんこんな感じだ。




「て、テレビでも見ましょうか」




 俺は、この空気を払拭しようとリモコンを手にして――




「や、やっぱやめましょう」




 すぐさま手放した。


 芹さんが、「どうしてです?」と首を傾げる。




「いや。まあ、なんとなく」




 そう答えるしかなかった。


 自分が映っているテレビを、何だって助けた張本人と見なければならない?


 一体どんな公開処刑だよ。




 まあ、またお互いに無言の時間が訪れたのも、公開処刑でしかないのだが。




「……あの」




 しばらくの後、芹さんが意を決したように口を開いた。




「一つ、暁斗さんにお願いがあります」


「お願いとは?」


「その……つ、付き合っていただけませんか!」




 カチリ。


 時計の秒針が時を刻む音が響く。


 俺の思考が、芹さんの言った言葉の意味に追いついた瞬間、「は?」と掠れた声を上げてしまった。

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