第12話 苦しい言い逃れ
「あの! ひょっとして、昨日私を助けてくれた方ですか!」
芹さんは、下手したら周りに聞こえかねない大きさの声で、そう問いかけてきた。
声が大きいというのは、それだけ確信を持っているということになる。
つまり。
【悲報】
俺、秒で正体がバレる。
こういうとき、どういう反応をすれば良いのだろうか。
俺は少し悩んで、爽やかな笑顔で振り返って言った。
「違います人違いです」
「そんなわけないです! さっき、押し倒してしまった時にあなたの眼を見ました! 今は前髪で隠れていますが、その海より深い瞳は、昨日炎の中で見たものと同じだった」
あー。
やはり見られていたか。
押し倒されたとき、意味深に俺を見つめていたから、もしかしたらと思ったが――俺の眼と記憶の中の眼を照らし合わせていたらしい。
早晩バレそうな気はしていたが、まさかこんなに早く正体がバレてしまうとは。
けれど、辛うじて俺にはまだ逃げ道がある。
それは――
「はぁ。あなたが昨日、大変な目に遭ったことは知っています。なんでも、Sランクの冒険者が助けてくれたとか」
「はい。ですから、それがあなただと私は――」
「俺の胸元をよく見てください。俺は、芹さんの隣のクラスで空気みたいに過ごしている「紋無し」です」
「……はい。見間違いで無ければ、今朝廊下ですれ違った方です……よね? あのときも、もしかしたらとは思ってましたが……」
まじか、見ていたのか。
完全に空気と化している俺に気付いたあたり、鋭すぎる観察眼だ。
今後注意を怠れば、俺がそのSランク冒険者だとバレかねない。
いや、正確にはもうほぼバレているようなものだが……
とにかく、「紋無し」であることを理由に、無理矢理押し切るしかない。
「芹さんの言いたいことはわかりました。俺自身ニュースを見たとき、似ているなとは思ってましたが、正真正銘の別人ですよ。俺にあんな力あるわけないし。持っていたら、たぶんひけらかしてます」
俺は、肩をすくめながら言った。
「そもそも、うちの学校にSランク冒険者がいれば、それこそ芹さん並みに噂になっているんじゃないですか?」
「それもそうですね……」
芹さんは、細い指を顎に添えて、考え込むように頷いて見せる。
それでも、綺麗に整った眉を八の字に歪めているあたり、疑いは晴れていないようだったが。
「でしょう? だから人違いです」
「そうでしたか。ごめんなさい、早とちりをしてしまって」
「いいですよ。本人が見つかるといいですね」
よし。
危うい状態には変わりないが、これで何とか首の皮一枚繋がった。
俺はほっと胸をなで下ろし、「それじゃ、俺はこれで」と言ってそそくさと別れた。
これ以上絡まれるのは、ごめん被りたいからだ。
確かに正体を明かせば芹さんとお近づきになれるのかもしれないが、そうなった場合、俺の自由な陰キャ生活は瓦解する。
今は兎に角、波風を立てないようにしなければ。
そう思いながら、帰路を急いだから俺は気付かなかった。
芹さんとぶつかって転んだ拍子に、Sランク冒険者たるアカシの銀バッジを落としていたことに。
△▼△▼△▼
「ただいま~」
アパートの玄関を開けると、俺はいつも通りテキトーに靴を脱ぎ捨てる。
もちろん、アパートには誰もいないから返事はない。
一人暮らしを初めて一年が過ぎ、もうこの静けさにも慣れた。
リビングは、綺麗かと言われると首を縦に振ることは出来ない。
空のペットボトルが幾つか散乱していたり、丸めたティッシュがゴミ箱の周りに溢れていたりする。
あ、誤解されないために言っておくが、そーゆー感じで使ったティッシュではない。
ホントだぞ? ホントだからな?
まあとにかく、ザ・一人暮らしの男の子的な感じの、絶妙な散らかりようだ。
俺は、帰り際にコンビニで買ってきたカップ麺と野菜ジュースの入った袋を、テーブルの上に置くと、野暮ったい前髪をピンで留め、後ろ髪をうなじ辺りで縛る。
家では誰も見ていないから、顔をさらしたって問題ないのだ。
俺はリモコンを手にとって、テレビのスイッチを付けた。
『――続いてのニュースです。今話題沸騰中の謎のヒーローの正体開示を求めるメールが、ダンジョン運営協会に相次いで送られています。ダンジョン運営協会側は、「個人情報であり、本人の許可無く明かすことは出来ません」とコメントした上で、「本人には開示を願えないか、交渉させていただく所存です」と前向きな姿勢を示しました』
「前向きに示すな、頼むから」
機械的な表情でとんでもないことを言い出すニュースキャスターの女性にツッコミを入れ、チャンネルを変える。
『――「ということなんですが、ダンジョン評論家の曽根山さんはどうお考えですか?」
「いやぁ、今回の騒動は異例中の異例ですな。まさか、大人気配信者の前に無名のSランク冒険者が現れて、実力を見せつけていくとは。正直、予めネタを仕組んでいたとしか思えませんが、ナズナ氏はヤラセを否定していますからな」』
「うん、俺も正直ヤラセ疑うレベルの天文学的確率の話だと思うよ」
再びチャンネルを変える。
『――「それでは、街行く人々にインタビューをしたいと思います。今回の騒動について、どう思いますか?」 高校生男子「いや~凄い格好良かったっすよね。しかも彼女ちょー可愛いし、俺があの場にいたら、絶対プロポーズしてますね」』
「いや俺男だわっ!」
ガン!
思わずリモコンを投げてしまった。
ていうかなんだこれ。
どのチャンネルも俺のことばっか報道してるじゃないか。
まさかこんなことになっていたなんて――
俺は改めて戦々恐々としたそのとき、玄関のインターホンが鳴った。
「なんだ? 宅配とか頼んだ記憶無いんだが」
俺は、リモコンを拾い直してテレビを消すと、玄関へ向かった。
「はい。すいませんが、新聞ならうちはとらない主義なんで間に合ってま――」
玄関を開けた瞬間、黄金色の風が吹いたと錯覚した。
夕日を受け、サラサラの金髪が風に揺れていたのだ。
目の前に立っていた人物は、つい先刻別れたばかりのアイドルだった。
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