第10話 後輩は、時にドキリとさせてくる

 まず第一に、鏡に映る自分を見ることが好きな人間は、まあそういないだろう。


 もちろん、そういう人もいるんだろうが、俺のような自分が大嫌いな陰キャには縁のないことだ。




 そんな、自分の姿を見るのに抵抗がある人間が、何百万回も他人の目に入っていることを知ったら、どうなるだろうか?


 答えは分かりきっている。




「やっぱり、動画の人は先輩だった……んですね」


「あは、あはは……やべ、死んだばあちゃんが見える。おーいばあちゃん、今そっちに」


「行っちゃダメです先輩! 帰ってきてぇ!」




 羞恥心で真っ白になった俺の身体を瀬良が必死に揺らして、現世に引き戻す。




「頼む瀬良。俺を逝かせてくれ……!」


「早まっちゃダメです! 私にはまだ先輩が必要で……って何言わせるんですか!」




 なぜか顔を真っ赤にして怒り出す瀬良。


 俺を引き留めてくれるのは嬉しいが、たぶん俺はたった今(厳密には昨日)社会的に死んだ。




 野暮ったい髪型と注目されない「紋無し」であるお陰で、正体がバレていないのが、不幸中の幸いだろう。




「しかし、まさかこんな恥ずかしい姿が全国に広まっていたとは。ネット怖すぎ」


「気持ちはお察ししますが、恥ずかしい姿ではないかと。むしろカッコいいと思いますよ?」


「いやいやいや。ヒロインのピンチに勿体ぶって現れて「心配ない。すぐに終わらせる」(キリッ)とかイタいことほざいてるヤツの、どこがかっこいいんだよ!」


「う~ん。台詞はちょっと中二臭いかもですが、やってることはヒーローです。なので差し引きプラスで十分お釣りが来るかと」


「うぐはっ!」


「先輩!? いきなり吐血してどうしたんですか!?」


「いや……可愛い後輩に中二臭いと言われるダメージが、これほどとは思わなくて」


「か、可愛いだなんてそんな……」




 照れくさそうにもじもじする瀬良。


 それはともかく、面倒くさいことになったものだ。




「今のところ、身バレとかしてないといいんだけど」


「現状大丈夫なはずです。ただ……」




 瀬良は、言いにくそうに目を伏せる。




「ただ?」


「いろんな掲示板で正体が考察されてます。なにぶん、日本に数人しかいないSランク冒険者ですから、そりゃもう話題性抜群なので」


「え? 俺がSランクだってことまでバレてんの?」


「はい。動画内でばっちりバッジが映ってましたし」


「かぁ~」




 俺は、変な声を出してその場にうずくまった。


 正直、途中から半分意識が飛んでいてちゃんと見ていなかったから、銀バッジが映っているシーンを見逃していたのだ。




「こうなったらもう……できるだけ大人しく過ごすしかなさそうだな」


「いっそのこと、名乗り出ないですか?」


「なんで」


「だって、先輩は勇者ですよ! 英雄ですよ! 名乗り出れば一躍有名人です。そうすれば、後輩である私も鼻が高いですし……」


「ありがと」




 俺は、瀬良に微笑みかける。


 彼女が持ち上げてくれることは、素直に嬉しい。


 でも。




「でも、いいんだ。俺は、誰にも注目されることなく生きたいから」


「どうしてですか?」


「まあ、いろいろと……」




 俺は、そうはぐらかす。


 一瞬俺の脳裏にある遠い記憶が蘇った。




 ――「お前のせいだろ。お前が我が儘言ったから」――


 ――「暁斗くんが出しゃばったからでしょ。どう責任とってくれるのよ!」――


 ――「自己中。死ねばいい」――




 俺を取り囲んで、口々にそう言ってくる奴等。


 正直、そいつらの顔はよく覚えていない。


 本当にいろいろとあって、俺の脳みそが忘れることを強要してくるからだ。


 俺は自嘲気味に少しだけ笑みを浮かべ、瀬良を見た。


 


「悪いな。背中を押して貰ったのに」


「いえ。最終的には先輩の問題ですし。それに……」




 瀬良は立ち上がる。


 風に揺れる髪を耳にかけ直し、西日に照らされた鮮やかな表情で言った。




「私が、先輩の秘密を知る数少ない人間の一人だっていうのも、それはそれで嬉しいから」


「っ!」




 ドクン。


 俺の心臓が大きく波打つ。




 その不意打ちはズルいだろ。


 危うく惚れるところだったじゃないか。




 俺は、赤くなっているであろう顔を見られないよう、下を向くのであった。

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