第8話 奪われたあんパンを取り返せ

「そういえば、先輩はダンジョンに行かないんでしたね」




 小一時間ほど練習をした後、縁側のような射場に座り、中庭を眺めながら休憩していると、不意に隣に座っている瀬良が話しかけてきた。




「まあね。そりゃ、楽しいんだろうとは思うけど……死ぬリスクもあるみたいだし。怖いじゃん」


「ですよね。私もそう思います」




 瀬良は苦笑いしつつ答えた。


 


 放課後はダンジョンの冒険をする人が大多数を占めるうちの高校において、部活動は自由参加の形をとっている。


 


 なので、そもそも部活に入らないものや、とりあえず入ったけどたまにしか顔を出さない幽霊部員の割合が圧倒的に多い。


 平日の放課後に、二人きりの部活動をしているのはそれが理由だ。




 俺は隠れてダンジョン攻略をしているため、週に二、三回しか顔を出さないが、瀬良はほぼ毎日ここで練習している。


 ダンジョンをあまり好いていない証拠だ。ただ――


 


「そう言うわりに、バッジは持ってるんだな……」




 俺は、瀬良の慎ましやかな胸元を見る。


 左胸には、楽人と同じ黄色のバッジが輝いていた。




「ああ、これは昔友達に勧められて、一緒に冒険者登録したんです。ただ、一回ダンジョンに入ったあと何か合わないな~と思って。それ以来行ってません」




 瀬良は清々しく笑ってみせる。


 本心も含まれているのだろうが、「紋無し」という立場の俺を、気遣ってくれているんだろう。




「それに、昨日あった事件を聞いて、ますます行きたくなくなりました」


「昨日の事件?」


「ほら。先輩の学年に、ナズナさんっていう有名配信者がいるじゃないですか。その方が、昨日ダンジョンの下層攻略中に強力なモンスターに襲われて、殺されかけたって――」


「あー。そういや話題になってたな。確か、間一髪芹さんを助けたヒーローがいて、一命を取り留めたって話も聞いた」


「はい。その映像、私も見ました。本当に間一髪って感じで……。今回は運良く助かったみたいなものですが、もしその人が助けに来なかったらと思うとゾッとします」




 瀬良は、まるで自分のことのように二の腕をさすって怯えた様子を見せる。


 こういう、赤の他人のことを自分に当てはめて常識的に考えられる人間は少ない。


 チヤホヤされたいからとか、モテたいから的な理由でダンジョンに潜っているバカどもに、見習わせたいくらいだ。




 間一髪助かったといえば、昨日助けた人達は無事かな?


 俺は、ぼーっと空を見上げながら考える。


 午後の風に吹かれて、ゆっくりと流れていく雲。




 ……なんか、綿菓子みたいだ。


 そう思った瞬間、ぐぅ~とお腹が鳴った。女子の前で思いっきり。




「……ぐっ」


「お腹、空きましたね」


「……うん」




 死にたい。


 恥ずかしくて瀬良と顔を合わせられない。


 ぜっっったい、呆れられてる!




「お昼に購買で買ったあんパンが一個余ってるんです。よかったら……その、一緒に食べませんか?」


「……うん。ありがとう」




 かくして、微妙な空気が流れたまま、おやつタイムへと洒落込んだ。




△▼△▼△▼




「あんパン、持ってきました」


「おう」




 この状況だけ切り取れば、後輩にあんパンを買ってこさせている嫌な奴だが、そんなことはしていない。


 更衣室においてきた鞄の中に入れていたあんパンを、とってきたというだけのことだ。




「なんか悪い。俺の腹の虫が迷惑をかけた」


「そんな。私もお腹が空いたな~って思っていたので、丁度良かったです」




 そう言って、瀬良は快活に笑う。




 ああ、なんて良い子なんだ。


 瀬良に恋人がいたら、羨ま死ねと思ってしまいそうな自信がある。


 まさに気遣い天使。




「あの……どうされたんですか先輩? ぼーっとして」


「うん? いや、瀬良は将来立派なお嫁さんになるんだろうなと思って」


「お、お、お嫁さん!?」




 とたん、瀬良の顔が耳まで真っ赤に染まる。




「あ、あの……私まだ先輩のお嫁さんになると決まったわけでは……! というか、こ、ここ、交際もしていませんし!」


「? いや、俺の嫁とは一言も言ってないけど」


「で、ですよね! 私、何早とちりしてるんだろう。はは、あはは……」




 よくわからないが、あんパンを袋ごとシェイクして、きょどりまくっている。


 とりあえず、落ち着くまで待っていよう。


 それまで、上下に振られまくっているあんパンが無事でいてくれればいいが。




 ――。




「す、すいません。取り乱してしまって。もう大丈夫です」


「こっちこそごめん。あんま言うべきじゃないこと、言ったっぽい」


「いえ。先輩は気にしなくていいです。私が勝手に自爆しただけなんで」




 若干まだ顔が赤いようだが、落ち着いてくれたようでよかった。


 


「とりあえず、あんパン食べようか」


「はい」




 おずおずと差し出さしてきたあんパンを受け取ろうと、俺は手を伸ばす――と、そのときだ。




 突然、黒い影が俺達の間に割って入る。




「な!」




 驚いている間に、黒い影は飛び上がった。




「今のはカラス?」


「せ、先輩すいません! あんパン奪われちゃいました」


「え!?」




 俺は、眉をひそめる瀬良の手元を見る。


 さっきまでそこにあったあんパンが、消えていた。




「ごめんなさい。先輩にあげようと思ったのに」




 しょぼくれる瀬良に、「気にするな」と告げる。




「でも……」


「それに、まだ取り返せる」


「え?」




 瀬良は、きょとんと首を傾げる。




「まあ見てなって」




 俺は、瀬良の側に置いてあった弓を手に取った。


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