第十五話 風格

 私は病室のベッドで眠るレイス様の横に座り、彼の手を握っていた。


 国立病院に運ばれたレイス様は医師の診断によると命に別状はないものの、強烈な脳震盪のうしんとうを起こしていたらしくまだ意識は戻っていない。


 彼の手を見つめながら、中庭での出来事を思い出す――。


 オリヴィアは私の中にあった不安や不満を、具現化させる魔法でも使ったのだろうか。


 なぜ婚約解消の件を知っていたのか定かではないが、あの一連の流れで彼女は一言も『婚約解消』のフレーズを出していない。公衆の面前でレイス様を責めつつも、それを周囲に悟られないよう考慮していたんだ……。


 レイス様に、オリヴィアの言葉は届いたのかな。


 いや……私の“心の声”とでも言うのか。


 レイス様は確かに課せられたら誰もが嫌がることを、自分の意思で望んだ。これは、本人に罪悪感がなければ簡単には出来ないこと。“行動でそれを示す”という意味でいえば、誠意はあると思う。


 けど、本当の私は……側にいて欲しいと思っていた。


 彼が訓練校を卒業するまでの三年間は、ほとんど文通だけでのやり取りになる。それだけで、お互いの気持ちを理解し合えるのか。


 私は寂しさで……涙を流さないでいられるのかな。


 だからといって、もしレイス様が「訓練校に行くことを撤回する」なんて言い出したら、多分私は反対するだろう。彼の中で一度覚悟を決めたのなら、簡単に覆して欲しくないもの。


 三年かぁ……長いなぁ――。


 悶々としながらそんなことを頭の中で思い描いていると、突然病室の扉が開いた。


 咄嗟に医師が様子を見に来たのかと思い、レイス様の手を放す――しかし、そこに現れたのは意外な人物だった。


 肩まで伸びた緩やかに波打つ黒髪。翡翠色の瞳をした端正な顔立ちに、高身長で灰色のスーツに身を包んだ男性が私の目に飛び込んできたのだ。


 レイス様の兄上で次期国王陛下となる、デカント様だ。


「デ……デカント様……!」


「おや? 君は……アイシャ君か?」


 驚いて立ち上がると、デカント様は「いい、座ってなさい」とやおら手のひらを見せてきた。と言われても座れる訳がない。

 緊張する私をよそに、デカント様が眠っているレイス様を見下ろす。


「今日は弟と会食をする予定だったのだが、何やら複雑な騒動に巻き込まれたみたいだな」


 彼が言っていた『野暮用』ってまさか……全然、野暮用じゃないじゃない! 私のお弁当完食してたし。


「はい……あの、何とご説明すれば良いのか……」


 デカント様がフッと鼻で笑い、口角を緩めた。


「いや、多分こいつが騒動を招いたのだろうという事は想像がつく。いつも竜巻の中心にいるような奴だからな」


 これが王になる人間が放つ雰囲気というものなのか。身体の硬直が治る気がしない。


「……そう……ですね」


「そう緊張しないでくれ。いずれ義理の妹になるのだろう?」


「申し訳……ございません――」


 少しずつ落ち着きを取り戻してきた私は、学園であった出来事の一部始終をデカント様に説明した――。


 顎に手を添えて軽く頷きながら聞いていたデカント様は、話を聞き終えると肩を落としながら深く息を吐いた。


「……オリヴィア・ラインハルトか。彼女には、レイスがしたことの非礼を詫びねばならんな。アイシャ君、もちろん君にもな。いや、逆に“礼”を言うべきか。本来なら、こいつには父上か私が鉄拳制裁すべきところだ」


「デカント様……」


「君に一つ問いたいことがあるんだが、いいかな?」 


「はい。なんなりと」


 私がかしこまって直立すると、デカント様は澄んだ瞳で私の目を見つめてきた。



「なぜ君は……レイスに惹かれたんだ?」



 ドキッ――。

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