第十二話 友達

 こうして、レイス様から正式なプロポーズを受けたことにより婚約解消は撤回された。


 公に発表される前だったため、王室とエルマーレ家の間で大騒ぎになりながらも、後処理は済まされた。歓喜した父は、早急に私の辺境伯への養子縁組を白紙に戻した。



 とはいえ、一連の騒動はレイス様の行動によって両家が振り回されたのも確か。



 彼は責任を取るため、自ら父君である陛下に「継承争いを辞退したい」と進言して、陛下はそれを受諾された。これにより、第一王子であるデカント様が次期王に決定した。


 王室からの通達を読んだ父は顔面蒼白で「何を暴走しとんじゃアイツはーー!!」と発狂し、あまりのショックで倒れ、そのまま寝込んでしまった――。


 レイス様は王立学園を卒業した後は『軍事養成訓練校』への入学を希望した。しかも王族の身分を隠して。

 そこは、どれだけ鍛え上げられた男でも血反吐を吐くほど厳しい施設であり、さすがの王も心配したのか「そこまでしなくても」と反対したが、レイス様は「皆に迷惑をかけたケジメをつけなければならない」と言って引かなかった。


 一方で私は、レイス様が訓練校を卒業するまでの間、彼の推薦により宮廷で『宰相補佐の助手』を勤めることになる――。


 王立学園も卒業式まであと僅か。


 レイス様とは毎日一緒に登校し、学食での昼食も共に過ごしてきた。週に一度のお弁当は私が早朝に作って持参している。

 彼とは演劇やオーケストラもよく観に行くようになった。彼が演劇の中でも正式な入手方法が困難な券を持っていたので「よく手に入りましたね」と言うと「泳ぎが得意な元友人から貰った」と、意味の分からない返答をされる――。


 レイス様とはたくさん語り合った。これまでの空白を埋めるように。

 

 たくさん手を繋ぎ、いっぱい甘えて、互いに触れ合い……たくさんキスをした。


 こんなにも生きた心地がする日々を送れるなんて、夢にも思わなかった。だけど、何か心の中にくすぶるものがある……これは、一体なんだろうか――。


 燦々と太陽の陽が降り注ぐ昼休み。


 石畳が敷かれた中庭にある、噴水を囲むように設置されたベンチ。

 隣に座り、今日もお弁当を「美味い美味い!」と口いっぱいに頬張る彼の横顔がたまらなく愛おしい。

 そんな私達の様子を、誰かが木陰から覗いている気配を感じた。


「オリヴィアさん……隠れてないで、こっちへいらっしゃい」


 スッと、半身を樹の後ろから覗かせたオリヴィアは、悔しそうに下唇を噛んでいた。


「いやいやいや、な、何ですの? 別に隠れてなんておりませんわ。き……樹の気持ちを体験してただけですけど?」


「オリヴィアさんもお昼、私達と一緒にどうかしら?」


 そう言って私が微笑むと、彼女は目を見開いて驚愕しながら、一歩後ろに退いた。


「な……何を……え? ……笑った……あのアイシャ様が……私に向かって」


 彼女は気付いていない。私が“占い師だ”ということに――。


 婚約が再締結された後、私は占い師の活動を再開していた。そこへ、まさかオリヴィアが訪れるとは思いもしなかった。


「――そうですか。嫉妬してしまう気持ちを抑えるのは、とても難しいものです」


「……どうしたらいいのでしょうか。もう……自分を嫌いになってしまいそうなんです」


「貴女様が嫉妬してしまっているそのお方は、どんな女性なのですか?」


 そう尋ねながら、私はオリヴィアにハーブティーを淹れて差し出した。

 彼女は「ありがとうございます」と言ってソーサーを受け取り、ティーカップの中で揺れる水面を、どこか寂しそうな瞳で見つめた。


「すごく綺麗で、それでいて凛としてて……成績も良くて素敵な人です。なのに、私はずっと彼女に対して“嫌がらせ”を続けることばかりに執着する毎日で……」


「なるほど。確かに、嫌がらせをしてしまうのは良くないことです。しかし、私は話を聞いていて貴女様が“嫌な人”だとは全く思いませんよ?」


「ど……どうしてですか?」


「貴女様が思う“嫉妬してしまう”というお気持ちは、誰の心にも自然に生まれるものです。現に今、素直で可憐な貴女様に対して……私は“羨ましい”と感じておりますから」


「……え?」


「貴女様には“自分にしかない良い部分”がたくさんあるはずです。何も、そのお方に勝とうとする必要はございません。貴女様の歩幅で生きることが大切だと、私は思いますよ」


 実は、オリヴィアを王立学園に入学する前から知っていた私。王宮の庭園ですれ違ったことがあり、当時彼女の髪型はコテコテの巻き髪だった。

 しかし王立学園に入ってからは『アイシャ』を意識しだしたのか、私と同じロングストレートに変えている。


 彼女にとって、私は憧れの存在になっていた――。


「本当は、そのお方と“友達”になりたいのではありませんか?」


「そんなことは! ……えーと、そうです、はい」


 照れくさそうに俯いたオリヴィアに対し、私がテーブルに置かれた彼女の手を、そっと握り返す。


「勇気を振り絞って、ありのままそのお方に話をしてみてはいかがでしょうか。大丈夫……貴女様を占った結果は“何をしても吉”とハッキリ出ています――」


 ハーブティーを飲み干して小屋を去る際に見せたオリヴィアの表情は、生き生きとしていた――。

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