第8話 敵に塩を送る

 私と美冬による今日の対局は激戦となる…………私は、そのように予感していた。


 私は、飛車を左から数えて4行目の6筋へ移動させて、自分の玉将を美濃囲いで固めていく。『四間飛車(しけんびしゃ)』という戦法だ。対する美冬は、居飛車で自分の玉将を舟囲いで固めて来た。舟囲いは、真正面からの攻撃に弱いが、私が今まさに指している『振り飛車』対策の戦法だ。

 そして、お互いに玉将を城のように他の駒で囲いを作って守っていくことが普通の指し方としてプロ棋士や女流棋士を含めた多くの人に知られている。


「いよいよ、これから戦いの火ぶたが切って落とされる!」


 私は、そう思っていたが…………。


「ねえ、夏織。お腹が空いていないかしら?」


 美冬が、私に尋ねて来た。やれやれ……せっかく緊張感が高まって来たのに……!

 私が時計を見ると、現在の時刻は12時15分でランチを食べたくなってくる時間だった。仕方ないなあ…………。

 私の両親は共働きで、今日も一日中に渡って仕事に出かけている。家事が苦手な私にとって、カップラーメンは必携の品だった。

 もちろん、自分だけが食べて兵糧攻めにするという卑怯な行動は、私のプライドが絶対に許さない。敵に対しても、しっかりと塩を送る。上杉謙信のように。あの戦国大名、武田信玄に対して送っていた…………!


「はい、美冬が食べる分よ。いつもの味噌ラーメンだよ。それから、お箸よ」


 私は、美冬にそれを渡した後で一緒に持ってきたポットを床に置いた。


「夏織は、またきつねうどんを食べるの?」

「私は、あのお揚げが大好物なのよ。何か、文句がある?」


 美冬の挑発するような質問に対して、私は少し怒りを込めて答えた。うどんという麺類は、ラーメンや蕎麦以上に私のモチベーションを高くしてくれる。

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