第9話 心の感じ方(第2章 完)
人の放つ魔力には、意思や感情が宿る。魔術を行使する場合は特にわかりやすい。銀の魔女になって、レンの指導をうけて、それが少しずつ理解できるようになったばかりだ。
だから、私は今の状況が決して良くないということを、はっきりと認識できる。
「うわぁ……」
「ああ、わかるようになったみたいだね」
「少しは」
「教えた甲斐があったよ」
「それはどうも」
私が把握できたのは四つ。突き刺すような魔力は包囲を狭めてきている。互いに連携しているのか、ゆっくりジリジリと私たちに近付いていた。
近くにある村は、私の故郷よりは大きいけどお世辞にも都会とは言えない場所だ。こんなところにいる魔術師なのだから、目的は予想がつく。
村を襲うつもりだったけど、とんでもない魔力を感じたので警戒しつつ様子を見ている。たぶんそんなところだ。
冷や汗が背中を伝う。レンが警戒していたのはこれなんだろう。
どう考えても完全に私が悪い。時と場合を考えず感情を爆発させて、見つかってはまずい連中に見つかってしまった。
このままでは、レンも私も無事ではいられない可能性が高い。これはさすがに酷すぎて笑えない。
「これって、私のせいだよね」
「それはもう」
「後で謝るね」
「うん、期待してる」
口元だけ笑ったレンの視線は、止まることなく周囲を見回している。私の無理矢理な冗談に軽口を返せるあたり、なにかしらの対応手段を考えているようだった。
私は身をすくめるだけだ。こんな状況では何もできないし、何もしてはいけない気がした。
「囲んでいるのはわかっている! 何の用だ?」
レンの声は澄んでいてよく通る。聞こえていないはずがないけど、しばらく経っても反応はなかった。少しずつ近付きながら、こちらの様子を窺っているみたいだ。
正面にふたつ、左側にひとつ、後ろにひとつ。四つの魔力は等間隔ではなく、私から見て右側に広めの隙間があった。今ならまだ走り抜けられるようにも思えた。
「ねぇ、右」
「あれは罠だな」
提案はすぐに否定される。私の浅知恵なんて、レンも見えない相手もわかっているのだろう。情けなくて恥ずかしくて、唇を固く閉じた。
「正面から対応する。君はなるべく姿勢を低くして、顔を守ってて」
あくまでも冷静にレンが呟いた。きっと慣れている。私の知らない彼がそこにいた。
「あ、うん」
まともな返事なんてできず、指示に従った。今はそうするしかないと思えたからだ。
「あと、できれば見ないでほしい」
「えっと……」
聞き返す前に、隣から気配が消えた。言葉の意図が理解できないまま、私は唐突にひとり取り残された。
「レ、レン?」
私は慌ててレンの魔力を探した。顔を伏せたまま、彼の動きを探るにはこれしかないと思ったからだ。それに、見ていることにはならない、なんて言い訳も浮かぶ。
レンはすぐに探り当てられた。私を抱えていた時よりも遥かに早く、一直線に走っている。戦う意思を乗せた魔力は、正面にいるふたつのすぐ近くへと迫った。
「え?」
本当に一瞬だった。
光と熱を放つ魔術をレンは頻繁に使う。魔物を文字通り塵にするのも、薪に火をつけるのも、同じ魔術の応用だ。
そして今、彼はそれを人へ向けた。
ふたつの魔力が消えた。それはつまり、そういうことだと直感する。
レンは流れるような動作で左側へ近付き、魔術を放つ。反撃どころか、反応する時間さえ与えられず、魔力がひとつ消えた。
最後のひとつは少しだけ動く余裕があったみたいだ。ただし、魔力を収束し始めたところで、他のみっつと同じように消えてしまった。
決して友好的ではなかったけど、明確に敵対していたわけでもない。そんな相手だったけど、レンは容赦しなかった。
直接見てはいない。それでも、私のすぐ近くで四人が塵になったことだけはわかる。私はただ単純に事実だけを受け止めた。混乱することさえもできなかった。
「終わったよ」
頭上から声がする。軽薄にも感じるような口調だ。私はうずくまったまま顔を上げることができなかった。
「見ないでって言ったのに」
「見てない」
軽く責めるように言われるけど、私は本当に見ていない。見なくてもわかってしまっただけ。
「屁理屈だね」
「うるさい」
「はいはい」
レンはいつもの調子を崩さない。彼にとって、これは特別なことではないのかもしれない。
普通ならば怯えるところだ。叫び逃げようとしても不思議じゃない。人を殺すことにためらいがない人なのだから、怖くて当然だ。
ただ私は、そうは思えなかった。だって、魔力には意思や感情が宿るのだから。
レンからは揺るがない意志を感じる。目的のためであればどんなことでもやる、なんて思われても仕方ないくらいだ。実際、レンはあっという間に四人の命を奪った。
しかし、銀の魔女にはわかってしまう。強い決意の裏には、頼りなげに揺らめいている感情があった。
理由はわからないけど、レンはどこかで無理をしている。それだけは断言できた。
赤茶色のくせ毛と共に、私からまともな感覚がなくなってしまったのかもしれない。消え去ってしまった見知らぬ魔術師よりも、今近くにいる殺人者のことを気遣っている。
「ねぇ」
「ん?」
「ごめんね」
多くを言葉にする気にはなれなかった。一言だけで通じてくれると信じていた。
「気にしないでいいよ」
「うん」
見上げた先には、薄く笑みを浮かべたレンがいた。整いすぎた彼の顔を、これまでより少しだけ近くに感じられた。
第2章『魔術師は語らない』 完
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