第7話 やがて朝になる夜

 魔力とは、誰でも持っているし、どこにでもあるものだ。つい数日前まで、私はそれを知らなかった。いや、気付かなかった。

 人だけじゃない。あらゆる動物や植物からも魔力は放出されている。ただし、その量には種族による差や個体差が大きい。


「何度も言うけど、要は心持ちだよ」


 魔術師が焚き火ごしに私を見つめる。揺らぐ炎に照らされた彼は、いつにも増して神秘的に思えた。


「体から溢れる魔力を感じて、冷静に、出すか止めるかを決める。常に意識して、それを当たり前にするんだ」


 私は言われた通りに、自分の体へと意識を向けた。特別製である外套の内側は魔力に満ちている。隙間から漏れ出して、外に散っていく量も少ないとは言えない。


「意識的に、自分の感覚で、抑えてみて。こればっかりは感覚なので、具体的な説明ができないんだよ」

「うん」


 レンと旅を始めて数日。具体的な扱いについて教えてもらうのは今夜が初めてだった。魔力の放出は精神状態に大きく左右されるらしい。だから、まずは気持ちを落ち着けるのが重要で、これまでは私が状況に慣れるための期間だったということだ。

 私の異常な魔力は外套では抑えきれない。少なくとも、感覚が人より敏感な魔物には簡単に気付かれてしまう。別荘であれば多少は違うかもしれないけど、外出ができないのはとても困る。だから、少しでも早く魔力の制御を身につけなければならないのだ。


「焦らずゆっくりね。急げば急ぐほど遠のくと思っていい」

「うん」


 焦りの気持ちを察したのか、レンが優しく語りかける。

 

「ねぇ、聞いていい?」

「いいよ。話しながらでも魔力を感じるのは、良い練習になるしね」

「あなたも、こうやって魔術を学んだの?」


 私が住んでいた田舎の村では、魔術師を見ることは滅多にない。ごくたまに、旅の食料を求めてやってくるくらいだ。少なくとも私の知る限りでは、レンは魔術師として若すぎるように感じられた。あくまでも見た目だけの話だけど。


「そうだね。最初は魔力を止めるところからだったね。懐かしい」

「そのあとに魔術?」

「だね。興味ある?」


 レンが再び私の目を見つめた。少しだけ雰囲気が鋭くなった気がする。


「魔術は、自分の魔力を操って、自然の現象を再現するんだ。熱を出したり、風を吹かせたりね。体から出す量の細かい管理や、強さなんかの調整も必要でね。すぐには無理だよ」

「でも、あなたはそんなに歳をとっているように見えない」

「まぁ、俺はいろいろね」


 後頭部に手を当てたレンは、あえて軽薄な口調に切り替えた。これ以上聞くなと、言外に伝えているようだった。私に好かれたいくせに、自分のことを語らない。とてもずるい人だと思う。


「さて、そろそろ寝ようか。魔力の意識は常にする努力をしておいてね」

「わかった」

「日が昇ったらすぐ移動しよう。しっかり休んでおいて」

「うん」


 釈然としない気持ちはあるけど、休む必要があるのはレンの言うとおりだ。私は外套を体に強く巻き付ける。旅に慣れていない体では、硬い地面で寝ても充分には休めない。それでも私は強引に瞼を閉じた。


 夢は見なかった。

 物音を感じて少しだけ意識が覚醒する。まどろみの中、小さい声で「いってきます」と聞こえた気がした。声の主を確かめる間もなく、私は再び眠りに落ちた。


「ほら、朝だよ」

「んぅ……」

 

 肩を揺すられ目を開くと、すでに日は登り始めていた。そういえば、私の運命が大きく変わってしまったのも、こんな朝だった。


「ちょっと先に雲が見える。雨が降るかもしれない」

「雨ぇ? いいねぇ」


 日が強くなり、暑さが増しつつあるこの季節、作物の成長のため雨はありがたいものだ。寝起きで頭が回らない中、そんな日常を思い出した。


「いや、歩きにくくなるし、体力が奪われる」

「あー、そうか」

「できる限り早めに移動しよう。立てる?」

「うん」


 差し出されたレンの手を取り、立ち上がる。段々と意識がはっきりしてきた。焚火は消えていて、軽く広げた荷物もきれいにまとまっている。この人はいつ起きたのか。眠りこけていた私に、なんだか恥ずかしくなってしまう。肩やら腰やらが痛いけど、なんとか我慢しようと思った。


「じゃぁ、行こうか」

「うん」


 私に背を向けたレンが歩き出して数歩。唐突に動きが止まった。後ろについてた私は、危うくぶつかりそうになってしまう。


「どうしたの? 魔物?」


 また魔物が来たのかもしれない。でも、周囲にはあれらが放つ魔力を感じることができない。未熟な私では感知できないような魔物もいるということだろうか。


「いや、魔術師だ」

「えっ、感じないよ?」

「魔力を抑えているから、そうそうわからない」


 以前にレンは、自分以外にも銀の魔女を狙う魔術師がいると言った。もしそんな相手なら、私の奪い合いが起きてしまう。


「私が見つかったの?」

「違う」


 恐る恐る尋ねる私に、レンは首を横に振った。こちらを振り返ることをしなかったが、今までの彼とは大きく異なる雰囲気だった。


「じゃぁ、大丈夫だね?」


 無言が返ってくる。その意図がわからない私は困惑するばかりだ。こちらを狙っていないのであれば、なんの問題もないはずだ。でも、それは違うとレンの背中が語っていた。


「なにかあるの?」

「やっぱり、見逃せないか」

「え?」


 ぼそりと呟いた一言は、私の質問への回答ではなかった。何かを決心したような、自分に言い聞かせるような、そんな言葉だった。


「事情は後で話す。君は目を閉じていてくれ」

「え、なによ」


 目にも留まらない動きだった。レンは私の背後に回ると、両腕を首と膝の裏に差し込んだ。


「ふぁっ?」


 反応ができない私をしっかりと抱きかかえると、レンはものすごい速さで走り出した。

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