第6話 旅のふたり
私たちは道無き道を行く。魔物と遭遇した時に一般の人を危険に晒してしまうからと、まともな街道を避けての移動だ。私の目に入るのは、生い茂る木々と隙間から見える青空だけだった。
目的地はレンが別荘と呼ぶ、私の魔力を遮断できる建物。私が壊してしまったもの以外にも、複数用意しているのだそうだ。どこで銀の魔女が見つかっても対応できるように、何年もかけて秘密裏に準備したらしい。
そんなレンの努力をひとつ粉々にしてしまったのは、少しだけ申し訳なく思っている。ただ、目的が目的だけに、完全な反省をする気にならない。そんな曲がりくねった気持ちが、私を変に頑なにさせていた。
旅路は思っていたより楽ではなかった。とにかく歩く歩く、ひたすら歩くのだ。十六年の間、村とその周辺から離れたことのない私には、とても厳しいことだった。
「ちょ、待って……」
「少し休もうか」
「うん、お願い」
息も絶え絶えな私に振り向くレンは、実に平然な顔をしている。旅慣れている人とはこうも違うのかと、驚きを隠せない。
「いや、休憩じゃなくて、本格的に休もう」
「もうちょっと行けそうじゃない?」
「いや、無理しないでおこう。残念ながら、今日も野宿だね」
彼の言った『今日も』とは、まさに言葉の通りだ。私の野宿はこれで三度目だ。屋根も壁もベッドも着替えもない夜は、あまり深く眠ることができず、疲れを取ることが難しかった。レンはレンで、私の体を気遣ってくれていた。
私たちは本来、それなりに急ぐべきなのだ。しかし、私の体力で思う通りにいかない。当初の予定から二日近くも遅れている。それがとっても情けなくて、もどかしい。
「そろそろ食料も心許なくなってきたな」
「うん、そうだね」
レンが集めてきた小枝に魔術で火をつける。とても便利なものだと改めて思う。魔術がなければもっと苦しい旅になっていたはずだ。
「辛い?」
膝を立てて座る私の顔を、レンが覗き込んだ。ちゃんと心配そうな表情を浮かべてくれている。私のせいで遅れているし、食料も怪しい。それでもレンは、今まで一度も苛立ちを見せることはなかった。
「ううん、大丈夫」
「そう」
だから、私も弱音を吐くことはしない。謝罪だってしない。脚を中心に体が痛いけど、意地を張ってやる。これが銀の魔女とやらになってしまった自分と、それを利用しようと優しくする魔術師への精一杯の反抗だ。
「お、ちょっと行ってくるよ」
気軽に、まるで散歩でも行くかのようにレンが立ち上がった。でも、私はそれが命懸けであることに気付いていた。わずかな魔力をふたつ感じる。
魔物だ。
私が身に付けている外套は、内から外の魔力を遮断するけど、外の魔力を感じる邪魔はしない。
銀髪になった私は、周囲の魔力に対してとても敏感になっていた。臭いや熱を感じるのと同じように、いや、それ以上に魔力がわかる。それも、一切の違和感なくだ。その感覚は、私が今までの私とは違う存在になったのだと、嫌でもわからせてくる。
溢れ出す私の魔力は、外套では隠しきれないらしい。人よりも遥かに魔力に対する嗅覚が優れる魔物には、どうしても勘づかれてしまうことがあった。
「うん、気を付けてね」
「心配してもらえるのは嬉しいね」
レンは意図的に体から魔力を放出させると、薄暗くなりつつある森へと姿を消した。露骨なご馳走に惹かれた二匹の魔物は、目標を私から切り替え金髪の魔術師を追った。
「はぁ……」
私がため息をついた時、巻き込まれない程度に離れた場所で戦いが始まった。でも、たぶんすぐに終わる。私は、そんなことまでわかってしまう。
「ほらね」
熱の魔術が二匹の魔物を同時に焼き払った。
レイトラン・オールニールという人は、本当に凄い魔術師だ。銀の魔女の力なんて必要ないって思えるくらい。
だから、どうしても気になってしまうのだ。私との出会いがあまりにも雑だったことが。
なぜ誕生日当日だったのか。
なぜ誘拐などという強硬手段に出たのか。
真っ当な手段だったら、私みたいな田舎娘くらいあっさり口説けただろうに。我ながら情けないけど、きっとたぶんそれは事実だ。もちろん、今となってはそうもいかないけど。
「ただいま」
「おかえり。干し肉焼けてるよ。あとそろそろカビそうな硬いパン」
「おーいいね。買ったの俺だけど」
「火に当ててるのは私」
「お互い様だな」
屈託のない笑みを浮かべたレンが、私から少し離れた位置に腰を下ろした。すぐ隣に座らないのにも、ちょっとした気遣いを感じてしまいくすぐったい気持ちになる。
「ねえレン」
「んー?」
干し肉を食いちぎった勢いで、レンが私に振り向いた。今まで聞きそびれていたけど、今こそ聞いてやろうと思った。
「なんであんな方法だったの?」
「方法?」
「誕生日当日に誘拐なんて」
「……んーむ」
口の中のものを飲み込んだレンが気まずそうに唸った。何か言いづらいことでもあるのだろうか。
「君の寝顔に心を奪われた、とか」
「だめ」
「だめか」
「ちゃんと、教えて」
私の勢いに押されたのか、レンは後頭部に手をやり斜め上を見た。あまり喋りたくない様子だ。でも、どうしても聞いておきたかった。
「本当はさ、もっと前に挨拶に行くつもりだったんだよ。で、君にもご両親にも説明して、わかってもらうつもりだった」
「なにかあったの?」
「ちょっとね。それで、直前になってああするしかなかったってわけ」
「またごまかす」
「あー、うん」
気まずそうに目を伏せるレン。これ以上の詳しい話はしたくないらしい。
「いつか、教えてよね。知らなきゃ許しようがないから」
「そうだね。そうする」
今日はここまでにしておいてやろう。私は話を変えてあげることにした。
「ねぇ、食べ終わったら、魔力の扱い方、また教えて」
「いいよ」
「約束だものね」
「約束だね」
私はカサカサになったパンにかぶりついた。口の中の水分が一瞬でなくなった。
そして翌日、私は偶然にもレンが強硬手段をとった理由を知ることになる。
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