第2章 魔術師は語らない

第5話 嘘と旅立ち

 私とレンは、難しい顔をしたふたりの男女を前にしている。簡単にいうと、私のお父さんとお母さんだ。


「ええと、もう一度言ってくれ」


 しばらく沈黙していたお父さんが、黒いくせ毛を指でかきながらようやく口を開いた。お母さんは目を見開いたまま、顔に手を当てて硬直している。


「娘さんを、僕にください」


 明らかに気まずい空気を切り裂くように、レンがはっきりと言ってのけた。聞き取りやすいよく通る声だったが、場を軽くすることはできなかった。

 広い肩幅の上、露骨に怪訝な顔を乗せているお父さん。お母さんは細い体をますます縮こませている。


「娘を救ってくれた上に、ここまで送ってくれたのは感謝してもし足りない。でもな……」


 お父さんが言葉を濁した。

 娘の命の恩人を拒絶しきれないのだ。

 

 十六歳の誕生日を迎えた私、ユリーナ・サクシャは唐突に魔力に目覚めた。そして、無意識のうちに力を暴走させてしまい村近くの森に移動してしまう。

 そこで魔物に襲われそうになっているところを、偶然通りがかった旅の魔術師であるレンに救われた。と、いうことになっている。私とレンで口裏を合わせた結果の言い訳だ。

 

 両親に嘘をついていることに胸は痛むけども、銀の魔女の話なんてできるはずがない。それに、旅の魔術師が誘拐犯だって事実は尚更言えもしない。なんなら、私も認めたくない。

 でも、残念ながら、今の私はこの人の口車に乗るしかないのだ。

  

『ねぇ、他に言い方ってなかったの?』

『回りくどいのは良くないかなって』


 私は心の中でレンに語りかけた。声を出さずに特定の相手と会話ができる『念話』という魔術らしい。この状況にはとっても便利な魔術だ。

 どうあっても誤解しか生まない発言をするレンは、一切悪びれた様子がない。私がレンの別荘を(不可抗力で)破壊したことが、今の複雑な状況に繋がっているからだ。


『ユリーナが俺の別荘を壊すから。便利な場所だったのに』

『あれはレンがデリカシーなさすぎ』

『そうかもしれないけどさ、完全に破壊するのはどうかと思うよ』


 粉々になった別荘は、私の住む村からそう遠く離れていない場所にあった。レンの話では、私を匿う前提で作ったものらしい。

 魔物や他の魔術師が現れた時、私は別荘に退避する。そしてレンが敵対する相手を退ける。旅の魔術師として村に滞在し、私の護衛をしつつ徐々に口説いていく。

 後から聞いた話だけど、彼の中ではそんな計画だった。その全部を先に説明していたら、もうちょっとましに思えたのに。

 私の中でレイトラン・オールニールという人の人物像が定まってきた。見た目はいいし、魔術師としても凄いと思う。だけど、中身は残念。たぶん素の性格は良い人。ただし恋愛対象にはならない。そんな印象だ。


「ユリーナさんは逸材です。一年も修行の旅をすれば立派な魔術師になります。ただし、僕の弟子となってくれたら、ですが」

「ああ、そう、なのか」

「はい! どうか、お任せ頂きたく!」


 レンが魔術師の資格証をこれみよがしに掲げた。この国で身分を保証するならば、これはかなりの説得力があるものだ。田舎者の私が知る限り、王族やら貴族やらを除けば最上位くらいだ。

 お父さんは安心したような落胆したような表情を浮かべ、曖昧な笑みを返した。お母さんはおろおろしすぎて、今にも倒れそうだ。


『最初からそう言えばいいのよ。お父さん誤解してたじゃない』

『でも、君をモノにするって意図はあるし』

『ああ、そう』

『うわ、流した』

 

 レンの恨めしそうな意志は、あえて無視をした。ところどころ愛嬌があり、心を許してしまいそうになる。危ない危ない。 

 

「お父さん、お母さん。急でごめんね。でも、許してほしいの」

「ユリーナ……」

「ユリーナちゃん、突然過ぎよ」  


 私はレンと共に旅をすることに決めた。

 それは、銀の魔女だとか、金髪の誘拐犯だとか、私を狙う魔術師だとか、魔物だとか、様々な理由からだ。

 便利な場所にあった、魔力を遮断する建物は粉々になってしまった。それがない状態でこれまでの生活を続ければ、村への被害は防ぎにくい。

 主にレンのデリカシーがないことが原因だけど、私の自業自得な部分もあるのだから仕方ない。魔力の抑え方を覚えたら、弟子を破門になったとかなんとか言って、早いところ帰ってこようと思っている。


「わかった。俺たちの娘が決めたことだ。無理に止めはしない」

「あなた……」

「資格証も本物のようだし、こんなに立派な服装も与えてもらってるし、信用するしかないさ」

 

 お父さんの言う立派な服装も、レンが用意しておいたものだ。別荘の残骸から掘り出した女物の旅装束。仕立てがとても良く、かなり高価なものに見える。

 サイズがぴったりで着心地も最高なのだけど、レンがなぜ私の体型を知っていたのかは考えたくもない。破れてしまっていたが、ドレスらしきものも数着見つかったのだ。正直、引いた。


「お父さん、ありがとう。お母さんも」

「寂しくなるな。出発はいつにするんだ? 魔術師殿もしばらくは滞在するんだろう?」

  

 お父さんが私の頭を撫でる。銀の魔女である証拠ともいえるサラサラの銀髪は、レンの魔術で一時的に元のくせ毛に戻っていた。本当に一時的らしく、別れを惜しむ猶予はほとんどない。


「ええと、今から……なんだけど」

「は?」

「ええっ……」


 両親が揃って驚きの声をあげた。それもそうだ。あまりにも突然すぎる。


「すみません。一刻を争うもので。このままではユリーナさんはもちろん、ご両親や村の皆さんも危険です」

「うむぅ」

「ああ……」

「旅の安全と、修行の成果は僕が保証します。必ずお嬢さんを守りつつ、育て上げます。どうか、一年だけ、待っていただきたく」


 よくもまあこんなに口が回る。お父さんは唸るだけになり、お母さんは青空を見上げた。ふたりの姿を見てしまえば、やっぱり胸がチクチクと痛い。

 起こってしまったことはどうにもならないけど、どうして私がこんな目にあうのだろう。そんなことをぼんやり考えてしまった。


「すぐに帰ってくるからね、お父さん、お母さん」


 嘘が苦手な私は、嘘にしたくない言葉を口にするのが精一杯だった。


「……待ってるからな」

「行ってらっしゃい、ユリーナちゃん」

「うん、行ってきます」

「では、これで」


 両親に背を向け外套で頭を覆うのと同時に、サラサラとした髪が私の頬を撫でた。

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