第4話 暴発する魔力(第1章 完)

「つまり、魔術師の間では、すごい魔力をもつ銀髪の女の子が現れるって伝説があったと?」

「そう。今年十六歳になる子だって、百年以上前から」

「で、それが私だと?」

「そういうこと。銀の魔女ってね」

「うわ、大げさな呼び名」


 たぶん、自分の魔力を理解してしまったからだろう。妙に気持ちが落ち着いた私は、魔術師で誘拐犯のレンからこの状況になった理由を問いただしていた。

 レンはレンで、私の質問にはすべて明確な答えを出してくる。嘘は言っていないように思えた。もちろん、どこかでだまそうとしている可能性は消えないけど。


「私を誘拐したのは?」

「君と、君の家族や村の人を守るため」

「守るって、私だけじゃなくて? 魔物から?」


 実際、誘拐という手段に目をつぶれば、レンは私を魔物から守ってくれた。目的の魔力の持ち主なんだから当然だとは思う。でも、家族や村のみんなまでというのは、どういうことだろう。


「それもあるし、もうひとつ」

「もうひとつ?」

「他の魔術師から」

 

 レンは長めの金髪をかき上げた。いちいち様になる仕草をするのが、なんとも気に入らない。


「あなた以外にも私を狙ってるってこと?」

「そりゃそうさ。昔からの伝説なんて信じてる奴は多くないけど、俺だけってこともない」

「それからも守るって……」


 そうだ、魔術師の中にはその能力で盗賊まがいのことをする者もいるのだ。こんな田舎には魔術師としての働き場なんて皆無だ。それでもやってくるような物好きは、略奪にもためらいがないような連中だったとしても不思議じゃない。


「その顔は、意味がわかってくれたな? 穏便に済まそうとした俺に感謝してくれてもいいくらいだぜ?」

「だからって……待って!」

「うん?」

「私を連れ去ってしまったら、村は?」


 私は嫌な想像をしてしまった。銀の魔女とやらを探して、村が酷いことになっているかもしれない。


「それは大丈夫。俺が……」

「なんでそんなことが言えるのよ!」


 あくまでも飄々としているレンの言葉を遮り、私は思わず怒鳴ってしまった。ここが村からどれだけ離れているか、まったくわからないのだ。もう手遅れになっている可能性だってある。不安と焦りが、急激に沸き上がってきた。


「村に帰して!」

「ちょ、待った」

「待てないっ!」

「わかったから、落ち着けって。足元見てみろ!」


 レンが慌てた様子で、足元を指差す。つられて目線を下げると、私の足が床から浮き上がっているのが見えた。


「えっ、きゃっ」

「村は大丈夫だ、君が銀の魔女だって気付いていたのは俺だけだ。だから誕生日の前日に連れてきたんだ。念のため一時的な結解も張ってある」

「あ、そうなの? え、でも、私浮いて」


 意識していないのに、手足がバタバタと動いてしまう。私の混乱は増すばかりで、どうしようもない。


「目を閉じて深呼吸して、落ち着け。魔力わかるんだろ?」

「うん、しんこきゅう……」


 彼の言う通り、目を閉じて大きく息を吸って吐いた。少しだけ気持ちが楽になる。同時に、自分を覆っている魔力にも気付くことができた。

 私を中心に全方位へ向かって魔力が放出されている。その中で下向きの力が、体を浮き上がらせていたみたいだ。


「よし、ゆっくり魔力を抑えるんだ」

「うん」


 魔力を抑えるなんて、なかなか難しいことを言う。そもそもどうやってこんなことになったのか、わからないのに。とりあえず、口の中で小さく「魔力止まれ魔力止まれ魔力止まれ」と繰り返してみた。


「あ」

「え? きゃっ」


 レンの間抜けな声に合わせるように、さっきまでの浮遊感が消えた。直後、私はドスンという音と共に、盛大な尻もちをつくことになる。


「いたーい」

「危なかったな」


 真顔でレンが手を差し出してくる。彼の手のひらは、やや幼く見える顔と違って、しっかり男の人だった。


「ありがとう」

「もうちょい続いたらこの別荘が吹き飛ぶところだった」


 私を立ち上がらせると、レンが心底ほっとしたようにため息をついた。それがどうしてもおかしくて、私は声を上げて笑ってしまった。いろんな不安や疑問が多すぎる中で、一瞬の安心に気を抜いてしまったみたいだ。


「あー、だめ。なんでこんなにおかしいんだろう」


 止まらなくなった涙をぬぐいつつ、口元に笑みを浮かべるレンの方を見た。まだ信用していいわけではないけど、強く警戒まではしなくていいような気がしてきた。


「続き、説明する?」

「うん、聞かせて」


 私はレンの申し出に深呼吸しながら頷いた。私がなんなのか、この人は私で何がしたいのか、聞いておく必要があると思うのだ。自分から説明する意思があるのなら、ある程度の誠実さはあるはずだ。

 

「君が銀の魔女になった理由はわからない。伝説にも年数だけの指定だったからね。さっきも言ったけど、事前に気付いたのはたぶん俺だけだ」

「じゃぁ、なぜレンは私だって?」

「魔術師の立場を利用して、国中を監視できるように準備したんだよ。この別荘もそのひとつ」

「え……」

「で、今年十六歳になる女性の魔力を調べてたら、君に当たった。完璧だろ」

「ええ……」


 私は自分の中で前言を撤回した。だめだこの人。乱暴さはないけど、それとは別の気持ち悪さがある。目的のために手段はあまり選ばないというか。


「そうだ、目的は? 私の魔力をどうしたいの? それに、他人の魔力をどうにかできるの?」

「うん、いい質問だ」


 見た目だけ良いけど手段が気持ち悪い魔術師のレンは、片目を閉じてみせた。私の質問を待っていたようなそぶりだった。


「俺の目的は、君の魔力でこの国を手に入れること」

「はい?」

「今の国王含め、国民全体に俺が王だと認識させる。君の魔力を俺の魔術で使えばたやすいはずだよ」


 突拍子もない目的に、私は何も言えなくなってしまった。彼の目は嘘を言っているように見えない。本気であれば、やっぱりこの人の様子はおかしい。


「で、もうひとつの質問について」

「あ、うん」

「伝説ではね、十六歳で銀の魔女に目覚めた一年後、その力は愛する者に捧げられるってことになっている」

「……そう」


 それで、最初の挨拶に戻るということだ。レンは、私に愛されたいのではなく、手段として私の愛がほしいのだ。別にその気になっていたわけじゃないけど、なんか落胆してしまっている自分が滑稽だった。


「というわけなので、一年間、一緒に過ごしてもらうよ」

「嫌よ。あなたを好きになんてならない。私は帰る」


 無性に腹が立ってきた。寝巻の上から魔力遮断の外套を羽織り、私は扉に向かった。


「いやいや、一緒にいたら情も湧くって」

「湧きません。それにあなたはどうなのよ? 私を愛せるの?」


 行く手を阻むレンを押しのけつつ、紺碧の瞳を睨んだ。愛されたいなら、愛するべきだ。少なくとも、私はそう思っている。


「うーん、もうちょいスレンダーな方が好みかな。 君は小柄でグラマラスすぎるかなーと。あーでも、大丈夫。好きになれる範囲だと思う」


 私は声にならない叫び声を上げ、魔術師の別荘は吹き飛んだ。



第1章『銀髪少女と誘拐犯』 完

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