第3話 認識した力

 森の中をしばらく歩かされた私の目に、一軒の建物が映る。


「お疲れ、着いたよ」

「これは?」

「んー、俺の別荘的なものってことで」


 別荘と呼ばれた木造のそれは、家と呼ぶには小さく、小屋と呼ぶには大きい。なんとも中途半端な大きさだった。


「よし、見つかってない」


 金髪男が扉に手を当てると、カチャリと金属音がした。たぶん魔術か何かで鍵をかけていたのだと思う。この程度では驚かなくなっている自分が少し面白い。


「入って」

「え、嫌」


 少し気持ちが落ち着いてきた私は、拒否の態度をとることができた。自分で自分をほめてあげたい。


「嫌って、魔物が来るし」

「あなたが守ってくれるんでしょ? 誘拐犯の」

「数が来れば難しいから」

「なんとかして」


 魔術師は露骨に困っている様子だ。ここまできて逆らわれるなんて、考えもしなかったのだろう。いい気味だ。


「ここはさ、その外套以上に魔力を遮断する作りになっているから、魔物も君に気付かないんだよ。そしたら、ゆっくり説明できるだろ?」

「私にとったら、あなたも魔物と同じなのよ。多少言葉が通じるだけましかもしれないけど」

「ましって」

「初対面で、しかも誘拐してきた男の人と、密室になんて入れないでしょ。何をされるかわからない」


 魔術師として身分は高く保証されているし、顔もいい。村での生活に退屈していた私に、違う世界を見せてくれそうでもある。普通に口説かれてたら、きっとコロッといっていた。でも、手段が悪い。悪すぎる。

 女を手に入れるため誘拐なんて手段を選ぶ人とは、どうやっても相いれない。これは心底本音だ。だから私は必死で虚勢を張り続ける。


「ああもう、めんどくさい女だな」

「誰がめんどくさくしたのよ」

「それは……っ」


 次の言葉を吐こうと口を開けたところで、誘拐犯の口元が強く引き締まった。紺碧の瞳に走る緊張感が見て取れた。


「頼む、黙って入ってくれ。俺が嫌なら君だけでいい」


 何を考えているかはさっぱりわからないけど、魔術師としての実力だけは信用できる。そんな彼からは想像もできないような、厳しい表情。さっきまでの魔物以上に何か恐ろしいものが迫っていると、私でも感じられた。


「うん、でも」

「大丈夫。約束は守るよ」

「約束?」


 建物の扉がひとりでに開き、私は中に押し込まれた。あれ、こんなことできるなら、最初からすればよかったのに。


「君を守ることと、ちゃんと説明することだよ」


 不器用に片目を閉じた彼は、口元だけ笑って見せた。

 

「え、ちょっと」


 自分でも何が言いたかったかわからない。そもそも、閉じた扉の向こうには何も伝わらない。

 

「なんなのよ……」

 

 さっきの顔を見る限り、魔物のもっとすごいのとか、そういうものが現れたのだと思う。それで、彼は私を巻き込まないようにした。そうとしか受け取れない状況だ。それでも心配はしていないし、してもあげない。守られた程度じゃ、私はあいつを許さない。

 朝起きたらさらわれていて、魔物とかいうものに襲われて、愛されたいとか言われて。私の情緒はぐちゃぐちゃなんだ。わけがわからなさすぎて、むしろ冷静になってしまうくらい。


「別荘、ね」


 建物の中は思いのほか整っていた。テーブルがあり、調理場もあり、ベッドもある。一人や二人が生活するには充分な設備だと思う。いやいや、待つんだ私。あいつと生活するなんて、思い浮かべることだって気味が悪い。

 狙われているのは、私そのものではない。私からあふれ出ているという魔力なのだ。他人の魔力をどうするのかは想像できないけど、魔術の材料にでもされるのかもしれない。


「ほんと、なによ、これ」


 サラサラとした銀色の髪に触れる。肩に触るくらいだったくせ毛はまっすぐになり、鎖骨のあたりまで届いていた。未だに自分のものとは思えない。でも、確かに私の頭へつながっている。これ、もし上手く逃げられたとしても、私だとわかってもらえるだろうか。


「ううん、だめ」


 弱気になってはだめだ。少しでも気を抜いたら、ちっぽけな私の意志なんて簡単に折れてしまう。誘拐犯も魔物も振り切って、家に帰って誕生日を過ごすんだ。なにか役立つものはないか、この別荘とやらを物色してやろう。


「……っ!」


 膝を叩いて立ち上がった時、背筋が震えた。初めての感覚。わかる、わかってしまう。これは、魔力だ。扉の向こうで、魔力が激しく渦巻いている。決して量は多くないけど、とても強い。あの人が、自身から発する魔力で、魔術を行使している。


「あー、そうか……」


 唐突に理解してしまった。本当に唐突に。

 私は、昨日までの私じゃない。立ち上がった拍子に身体から落ちた外套を見下ろす。魔力を遮断するといっていたのは、外と内の両方だったみたいだ。


 世界の生き物が少しずつ持っている魔力。それを操るために人が体系立てて作り出したのが魔術。村での生活には全く関係なく、都会で極一部の人が扱うものだと思っていた。でも今は、魔力の流れが手に取るようにわかる。

 攻撃的に集められた魔力が、細くまっすぐ伸びた。そのあと、先ほど見た光と熱の力が広がる。たぶん、魔力の槍のようなもので貫いた後に、焼き払ったのだと思う。多くない魔力をこんなに繊細に操れるのが、彼の実力なのだろう。


「はぁ……」


 戦いが終わったこともわかってしまった自分に、大きくため息をついた。なんというか、こう、知らないうちに変わってしまうのは、本当にやめてほしい。せめて心の準備をする時間くらいは欲しかった。

 あいつが知っていることは全部教えてもらおう。約束とか言っていたし、最低限は信用してもいい気がしてきたのだ。

 自分の髪に再び触れる。ごわごわしたくせ毛でないのが少し寂しかった。


「くせ毛、好きじゃなかったはずなのにな」


 苦笑いと共に、別荘の扉がゆっくりと開いた。


「おかえり」

「え、ただいま」


 私の態度を見て、金髪の魔術師は露骨に慌てた。それもそうだ、さっきまでとは真逆に近いのだから。自分でも驚くくらいだ。


「約束どおり教えて」

「ああ、わかってるよ」


 身体の中から魔力が放出され続けているのがわかる。まるで、感情の昂りと繋がっているみたいで恥ずかしい。


「あと、あなたの名前、もう一度教えて」


 私は照れ隠しも含め、問いかけた。正直なところ、当初は名前を覚える気などなかったのだ。


「覚えてなかったんだ」

「そりゃそうだよ。誘拐犯の名前なんて覚えてたまるものですか」

「じゃあ、今は?」

「護衛の魔術師の名前くらいなら、ね」

「ああ、そういうことか」


 そのやりとりだけで、彼は納得したみたいだった。察しのよさに、ちょっと安心してしまう。うん、ちょっとだけ。


「改めて、俺はレイトラン・オールニール。レンでいいよ」

「うん、レン、とりあえずだけどよろしく。だけど、あなたの思い通りになるつもりはないから」

「はいはい、わかりましたよ」


 金髪の魔術師、いや、レンはわざとらしく肩を竦めた。

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