金木犀(掌編)
磐長怜(いわなが れい)
***
秋がなくなったとは誰が言ったものでしょう。
夜風は街燈の下に心地よく、白い軌跡の感ぜられる帰り道のことです。
今年は遅めの金木犀をふいと見ると、いつもの小さい花がすずなり。
けれどもおかしなことに、一向に香ってくる気配がないのです。
鼻を近づけると、風に震える葉とともに、遠慮がちな声がいたします。
「申し訳ないことですが、私達今年は香らないことにいたしました」
香りだせば雨の降るまで惹きつける我の強さとは裏腹に、謙虚なお声。
思わず「なぜ」と言えば、こう仰る。
「私達があまり強く香るからでしょうか。
人間までも昨今は私たちの香りに似てきたようで。
それでは私達の香る瀬がございません。
ですから取りやめということで」
それは大変なこと。
「いえいえ、私ども人間はあなた方のお姿と香りに恋しているのですよ。
ですからこちらの者がいかにあなた方をまねようと、
どこまでも真似事でございます。
胸を張ってお咲きあそばせ」
と、そんなことを言ったのは夢か現か。
翌日には昨日より柔らかに開いた花から、くらりとするような香りがしてくるのでございました。
金木犀(掌編) 磐長怜(いわなが れい) @syouhenya
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