第32話 辺境伯の演説

 それから決行日となる二週間までの間、ガーラナウム城は慌ただしかった。

 日程と経路の調整。騎士団を交えた作戦会議。さらに隣国の情報収集。


 他にも非常食や、携帯食。テントや武器のチェック。騎士団だけではなく、ガーラナウム城の使用人たちも同じように動き回っていた。


 何故、これらが必要になったのか。それはこれから、アリスター様が皆に説明をするところだ。

 エントランスに集まった騎士団と使用人たち。アリスター様の一挙手一投足を見詰める彼らもまた、私と同じ硬い表情をしていた。


「もう皆も知っていると思うが、明朝、定例の巡回旅に出る。行き先はニルチ山脈。内容はいつも通り、本格的な冬に向けての魔物討伐と、国境の偵察だ。無論、国境の最善戦で警備をする者たちへの激励もするがな」


 皆の緊張を解すために、ニカッと笑うアリスター様。それはいつものことなのか、「当然ですよ」「それがなかったら、あいつらも寂しがりますって」などの声が上がっていた。


「しかし、よろしいんですか?」

「何がだ? ブラッド、言ってみろ」


 確か、騎士団の団長を務めている、ブラッド・シーガーという者だ。

 本来はエヴァレット辺境伯の子どもが務めるのだが、アリスター様が早々に爵位を継いだため、騎士団の中から選ばれたのだという。


「アリスター様は先月、結婚したばかりではありませんか。ガーラナウム城を離れて大丈夫なのですか?」


 ブラッドの発言が終わるやいなや、皆の視線がアリスター様の隣にいる私にも注がれる。

 二週間前、アリスター様と寝室に籠もった効果なのか、その視線はこれまでと違い、温かいものだった。


 さすがに、アレ以降はしていないけど……! こ、籠もったのはっ!


「確かにな。できれば俺も城に籠もっていたい。一年、いやずっとな」

「だ、旦那様っ!」


 思わず私は声を張り上げた。ブラッドの発言など、事前に打ち合わせをしていても、やっぱり恥ずかしい。


 説明ばかりだと、聞いている者たちも辟易してしまうため、どうしてもこういうやり取りは必要だった。特に皆が疑問に思うことは。

 発言しにくい者もいるため、団長のブラッドが率先して言うことで、場の空気も和らぎ、他の者たちへと誘導する。


「巡回も大事ですが、奥様を大事にしないと逃げられますからね」

「それはお前のことだろう」

「逃げられていませんって! ほら、ここにいるじゃないですか、なぁ!」

「話しかけないでっ!」


 一気に笑いに包まれる。それだけでも、騎士団の者たちがアリスター様を慕っているのかが、よく分かった。


「喧嘩は終わってからにしてくれ。まぁ、新婚だからといって、いや、新婚だからこそ、相手も機会を伺ってくるだろう。チャンスとばかりに。故に今回の巡回は、いつもより身を引き締めて行うように、いいな!」


 アリスター様の号令で皆が返事をする。そんな中、私はある一点を見詰めた。


 そう、シオドーラだ。彼女はほぼ部外者でありながらも、聖女だからだろうか、最前列にいた。

 アリスター様を慕っているから、今までもこうして陣取っていたのだろう。騎士団に交じって、楽しそうに何か言っている姿が容易に想像できた。


 しかし、今日は違う。見詰めているのもアリスター様ではない。私だった。


「メイベル」


 そっとアリスター様が小声で話しかけてきた。


「一応、シオドーラは連れて行くが、用心してくれ。命令違反の常習だからな」

「はい」

「あと、あいつの能力は――……」

「それも聞きました。以前、展望台の近くで見た白い蝶ですよね。もう耳だこです」


 魔力とは違う力。神聖力を用いて白い蝶を作り出す、シオドーラの能力。

 蝶が傷口に止まることで治すんだそうだ。お陰で、手をかざす必要はなく、遠隔で治癒ができる。また、結界もしかり。


 そのため、ある程度は蝶を使って視覚を得られるらしい。まぁ、そうでなかったら、的確に怪我人を見つけて治すことは不可能だ。


 白い蝶はシオドーラの力であり、象徴。

 アリスター様の案内で城外へ視察に行った時に見たことがある。子どもたちが作り物の白い蝶で遊ぶ姿を。確か、聖女ごっこをしているとのこと。


「もしも巡回の最中、城内で白い蝶を見たらダリルにすぐ言え。いいな」

「……私は結婚式の後、シオドーラとは会話すらしていません。そこまで警戒されることなのですか?」

「……念の為、としか今は言えん。さっきも言ったように、できれば城から離れたくないんだ。俺の心配を多少軽くするためだと思ってくれ」


 それほど切羽詰まっていたのか、アリスター様は大勢がいる前で私を抱き締めた。


 私がアリスター様に愛されていることは、二週間前の出来事を機に知れ渡っている。それ以外でも、もっと噂を流したいから、とか何とか言われて、よく城内外を連れ回された。


 お陰でシオドーラの流した噂よりも、私たちの仲睦まじい噂の方が遥かに浸透していったように感じる。

 それは私がガーラナウム城に来た、翌日のダイニングでの出来事と同じ。アリスター様の笑顔に皆が驚いたせいだった。

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