第21話 それぞれの主従関係

 翌日。そんな使用人たちの印象を悪くしてはならないと、サミーの協力の元、私は頑張って早起きをした。お陰でアリスター様に驚かれてしまったけれど……。


 ちょっと失礼じゃない!


「確かに今日は、城内を案内するとは言ったが……ゆっくりしていいんだぞ。旅の疲れもまだ残っているだろう」


 朝食の席に現れた私を、アリスター様は優しい声音で諭す。同席するとは思っていなかったのが、ありありと分かる態度だった。


「大丈夫です。問題ありません」


 わざわざそのために早起きしたのだ。予定を変更されるのは困ってしまう。いくら善意でも、この努力を無駄にはされたくない。

 それくらい、私にとって早起きは、根性を入れないとできない事柄なのだ。


 その必死さが伝わってしまったのか、アリスター様にクククッと笑われてしまった。

 私にとってはここ最近、よく見る光景なんだけど……ガーラナウム城の使用人たちは違うらしい。


 突然起きた、ダイニングのざわめき。けれど、アリスター様が咳払いをした途端、息を合わせたように使用人たちはやめた。


 明らかに聞かせたくないのは分かる。何せ、内容が内容だっただけに……。


『ご主人様が笑った!?』『何年振りかしら』『滅多に笑われない方が!?』


 笑わないって、そんなバカな……。

 初めて出会った時から、アリスター様は私を楽しそうにからかっていたじゃない。ここに来る間だって……。あり得ないわ!


 思わず突っ込みどころ満載な内容を一括して、「どういうことですか?」と無言で問いかける。


「気にするな。それよりもダリル。今日の予定に変更はない。いいな」

「畏まりました」


 ダリルはそう言うと、懐から取り出した手帳を取り出して、本日のスケジュールを読み上げる。やはり、家令で間違いなかった。


 昨日は挨拶のみで、アリスター様からは詳しいことは聞いていない。まぁ、それどころではなかった、という事情もあって。


「メイベル様。こちらの準備が整っておらず、未だ不便をおかけすると思いますが、もうしばらくお待ちいただけますか?」

「私は大丈夫よ、ダリル。どちらかというと、身の回りを一任してくれているサミーの負担の方が大きいの。だからそっちに気を配ってもらえるかしら。私のために、知り合いもいない、慣れない土地まで来てくれたから」


 そうガーラナウム城に着いてまず私がやったのは、身の回りを整えることだった。


 しかし、長いことガーラナウム城には女性の家人がいなかったらしく、急遽、エヴァレット辺境伯に仕えている家門のところから招集された、とのこと。

 ガーラナウム城のことを分かっている、という面でも、妥当な選択だった。


 けれど、問題が一つだけ。仕える人間が、次期辺境伯夫人なのだ。それも元公爵令嬢。つまり、仕えることはイコール領地の中で箔が付くことを意味していた。

 故に家門だけでなく、彼女たちの嫁ぎ先もまた、高望みできてしまう、というわけだ。さらに私に気に入られれば、尚のこと。


 お陰で上昇志向のある女性たちが集まってしまい、サミーは今、彼女たちをまとめるのに忙しい。加えて私の世話も。けれど、他の者には任せる気はないようだった。


 私にとっては有り難いけれど、サミーの体の方が心配でならない。


「勿論です。これから共に働く者として、サポートも怠りないように致します」

「お願いね」


 早速、サミーに負担を強いてしまった身としては、このくらいやらないと、罪悪感が拭えなかった。



 ***



「城内を案内する前に、行きたい場所があるんだが、構わないか?」

「はい」


 というより、拒否権などない。


 私は朝食を終えると、軽い支度を済ませてアリスター様と合流した。帰還後すぐにでも、視察に行きたいところを、私に合わせてもらっているのだ。

 私もまた、アリスター様に合わせなければ申し訳が立たない。


「もしかして、展望台ですか?」

「あぁ。前にも言ったと思うが、展望台から見える領内は絶景なんだ。早朝でも、日中でも、夜中でもな」

「着いたら見せたい、と仰っていたので楽しみにしていました」


 廊下の先を見つめながら、私はその時の光景を思い浮かべた。

 そこから領民、一人一人は見えないけれど、変化は見られるから、と一日に一度は向かうと言っていた場所。


 こんなに領民想いなのに、何故、偏屈になってしまったのだろうか。ふと、ダリルとのやり取りを思い出した。


「ダリルさんとは、幼なじみか何かですか?」

「ん? 何故だ?」

「主従関係にしては気安いように感じたので」

「あぁ、そうだな。表向きはメイベル嬢とサミーの関係に似ているが、どちらかというと戦友だな。ダリルが家令となってからは、共に戦場に行くことはなくなったが、今でもそう思っている」

「ふふふっ。お互い、それが寂しいから、あのようなやり取りをなさっているんですね。何となくですが、アリスター様が偏屈になった理由が分かったような気がします」


 あと、私に対する対応も。普通の会話よりも茶化した言い方をするのは、嫌がらせではなく、ただ単に楽しいから。

 相手を試すような言い方になるのも、バカにしているのではなく、友になれる人物を探しているのかもしれない。お兄様はそのお眼鏡に適ったようだけど。


「そうか。よく分からんが、メイベル嬢が楽しいのなら、それで構わんさ」

「え?」

「昨日のこともそうだが、恐らくこれからも問題は出てくるだろう。何か一つでも楽しみがあった方が、今後、楽になるぞ」

「……そうですね。他にも探してみます。あの時言った、アリスター様の言葉の真相も含めて」


 明確に何、とは言わなかったのに、アリスター様は私の意図に気づいたようだった。隠しもせず、顔を引きらせている。


 あの婚約破棄は、私と結婚したいために仕組んだ罠だったんですか?


 私はそれを知るために、ここまで来たのだ。アリスター様が嫌がっても関係ない。そう仕向けた方が悪いのだから。

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