第20話 旅の終わり、ガーラナウム城

 そのようなやり取りを続けること一週間。


 婚約者、というより喧嘩友達のような関係が、私たちの間に出来上がりつつあった。

 それでいいのだろうか、と思ってしまうくらい、とても心地よい関係。けれど、アリスター様の本心は、未だ見えなかった。


 大事にされているようにも感じるし、好意だって……。でも、まだよく分からない。


 年齢が離れているせいなのか。私が鈍感なのか。ただ、からかう相手が欲しいという、子どもじみた感情のようにも思えてならなかった。


 そんな私の想いとは裏腹に、時は無情にも流れていく。一日、一日と静かに。見えない速さで、あっという間に過ぎ去る。

 一週間という旅路が、いかに充実していたのか。それを示しているようでムズ痒くもあった。


 まだ旅を続けたい。続けていたい、と思えるほど、アリスター様にも旅にも慣れ親しんでいたのだろう。

 けれど、そうも言ってはいられない。目の前にそびえ立つ、城を見てしまったのだから。


 そう、私たちは予定通り、エヴァレット辺境伯領に辿り着いていた。


「ここが……」

「あぁ。国境の要である、エヴァレット辺境伯領最大の要塞にして、居城。ガーラナウム城だ」


 道中、アリスター様から小出しに聞いた情報を脳裏に浮かべる。


『ガーラナウム城は岩壁の上に建てられた城なんだ。敵が来ない間は見晴らしがいい。展望台からは領地を一望できるほどに、な』


 確かに、領地に入った途端、ほとんどが坂道と言っても過言ではなかった。思わず、馬を心配してしまうほどに。


『それ用に連れて来ているから問題はない。ほら、見ろ。騎士たちを乗せている馬に、疲労の色が見えるか? どいつもこいつも、領地で育った馬だ。このくらいこなせなくては、国境すら守ることはできない』


 そう、自慢気に言うアリスター様は、まるで子どものようだった。私の方がずっと年下なのに。だからなのか、つられて私まで嬉しくなってしまったのを覚えている。


 それなのに、ガーラナウム城を前にしたアリスター様は、どこか緊張した面持ちになっていた。


 何故?


 噂では、一年のほとんどを、この辺境の地で過ごされている、とか。それを裏付けるように、エヴァレット辺境伯領の話を、楽しそうにされていたというのに。


 嬉しくないのかしら。


「アリスター様?」


 そっと腕に触れる。と同時に強風が吹き、少しだけ体がアリスター様の方に傾いた。


「あっ、すまない。ちょっと感慨に耽ってしまってな」

「それほど城を開けていたのですか?」

「いや、そうではない。十三年の年月を振り返ってしまっただけだ」

「十三年?」


 一体どこからそんな数字が……? いや、そもそも辻褄が合わない。

 確かに今回の出来事を考えれば、首都にいた月日は長いのかもしれない。領地にいた年月から比べたら、尚更だ。


 それを差し引いたとしても、十三年はあまりにもおかしい。

 アリスター様の年齢は二十六歳だ。十三年前と言えども、物思いにふけるほどの年齢とは思えなかった。


 けれどアリスター様の表情を見ると、否定し辛い。

 一体、十三年前に何があったんだろう。そう尋ねたくて仕方がなかった。


 それが顔に出ていたらしい。突然アリスター様に頭を撫でられた。この一週間で何度もされていた行為なだけに、私ももう何も言う気にはなれなかった。


 髪型を崩さない程度のやんわりとした、優しい手つき。

 最初は子ども扱いされているのでは? と疑いもしたが、アリスター様の眼差しは違うものだった。


 契約結婚を持ちかけてきたのはそっちなのに、目を細められて、まるで愛おしげに見つめてくる。


『エヴァレット辺境伯領に来るんだな。そうすれば自ずと分かる』


 これが答えなのですか?


 二つの疑問にさいなまれていると、一人の青年が近づいてきた。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


 恭しく出迎える姿はまるで家令のようだった。しかし背恰好や見た目は、アリスター様とさほど変わらない。家令というより、従者かと思うほど若かった。

 けれど彼の後ろには、多くの使用人たちが控えている。


 アリスター様は彼らを見ながら、青年に話しかけた。


「変わりはないか」

「はい、と答えたいところですが、山程ありますよ。その最大の原因を作ったのはご主人様なのですから、分かっていただけるかと思います」

「相変わらずの減らず口だな。メイベル嬢がいるんだぞ。ここは主人の顔を立てるとか。そんな配慮くらい見せたらどうだ」


 えっ!? 私のせいでこの人、怒られてしまうの?


「あ、あの。私のことは――……」

「奥様になられる方だからこそ、是非このような姿を見てほしい、と願う私たちの気持ちを汲んでいただくのもまた、主人の努めではありませんか?」


 お、奥様……!


 ここに来た目的でもあり、当たり前のことなのに、そう言われると顔が熱くなった。


「ご主人様の言う通り、可愛らしい方ですね」

「あ、ありがとうございます」

「こら、勝手に話しかけるな、ダリル」

「申し訳ありません。それと自己紹介がまだでしたね。わたくし、ダリル・アディソンと申します。以後、お見知りおきを」


 アリスター様に言われても、どこ行く風のダリル。頼もしいと感じるけれど、ガーラナウム城の使用人たちは皆、こうなのだろうか、と一抹の不安を抱いた。

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