第19話 旅の不安を解消するのは
本当は、転移魔法陣を使っても一週間かかる道のりではなかった。首都からエヴァレット辺境伯領まで、距離があるといっても、転移魔法陣を多用すれば、最短で三日。
人数を制限すれば、多分、一日で行けるかもしれない。転移魔法陣を二回。いや三回使えば。
それなのにもかかわらず、一週間かけて行くのには理由があった。
一つ、急遽決まった婚約なだけに、エヴァレット辺境伯領に行っても、準備が整っていないこと。
二つ、お金の問題。世知辛いと思われるかもしれないが、転移魔法陣の使用はただではない。安易に使われては、首都の防衛が意味をなさなくなるからだ。
加えて、私の嫁入り道具、護衛も含めた人員。いくら転移魔法陣が万能でも、一度に多くのものを転移させることは不可能だった。
と、挙げてみたけれど、一番の要因は、私だった。
初日、泊まる予定の街に着いた瞬間、それを一層、思い知らされた。アリスター様に手を引かれて馬車を降りる。
首都とも、ブレイズ公爵領とも違う。簡素で素朴な街。
「街道沿いに面している、ダルガルという街、でしたか」
「あぁ。首都から丁度いい距離にある、という立地を生かして大きくなった街だ」
「大きく……」
「何処と比べているのか予想できるが、どれもこれも別物だと思った方がいい。今後、ダルガルよりも小さな街、もしくは野営もあるかもしれないからな」
声のニュアンスや言葉選びなど、アリスター様にしては珍しい配慮が見られた。私自身、世間知らずの箱入りだという自覚はある。
首都を出れば、小馬鹿にされる覚悟もしていた。
「はい。そこは覚悟しています。箱入りとはいえ、これでもウチの騎士団に交じって訓練していたんです。野営も問題はありません」
「訓練のことは知っていたが、そこまでやっていたとはな。てっきり、エルバート辺りが禁止させていたのばかり思っていた」
「……お母様が……それで私の寝起きの悪さが、どれだけ周りに迷惑をかけているのか自覚しろ、ということで、何度か」
しどろもどろで言うと、案の定というべきか。唖然とした表情を向けられた。
さらに「それで直るのか?」と無言で問われているような気がして、私はさらに言葉を続ける。
「直っていないから、アリスター様たちの罠に、まんまと引っかかってしまったのではないですか」
「何も言っていないぞ」
「そう顔が言っていました」
フンっと顔を背けている間に、クククッと笑う、アリスター様の声が聞こえた。
「そう拗ねるな。俺はブレイズ公爵夫人のように、直せとは言わん」
「でもっ! こういう旅では皆に迷惑がかかります。なので、早めに休ませてもらってもいいですか?」
「構わないが。折角なのだから、少しばかり街を見て回ったらどうだ? なんなら、俺も一緒に行くが」
「……馬鹿にしませんか?」
しないのなら、一緒に来てほしい。首都とエヴァレット辺境伯領を行き来しているアリスター様となら、気兼ねなく回れるだろう。
ただ一つを除けば。
「生憎、外出慣れしていない令嬢相手に、そこまで揚げ足を取る人間ではないのでな。安心してくれ」
「……本当ですか?」
「本当だ」
そう言いながら、私の髪型が崩れないように優しく撫でた。私が台無しになるからやめて欲しい、と言ったことを覚えていてくれていたらしい。
そんな方の言葉なら信じよう。アリスター様の手に、そっと乗せていた左手を、ギュッと握り締めた。
***
荷物などをサミーたち使用人に任せ、私とアリスター様はダルガルの街中を歩く。
私の場合、指示することはほとんどないからいいけれど、アリスター様は大丈夫なのだろうか。
「俺がいると、あいつらも気が休まらないからな。メイベル嬢も同じように思ってくれ」
「ふふふっ。分かりました。けれど、私のように足手まといになるわけではないのに、アリスター様がそう仰るとは。とても頼りになる者たちなのですね」
後ろを振り返り、宿屋の近くに停められた、二台の馬車と一台の
その近くには、サミーと同じメイド服を着た者や、軽装の使用人。鎧を
緑豊かな街並みには似合わない集団だと、ふと思えば、その近くを冒険者のような者たちが通り過ぎる。
首都でも見ていたから、さほど驚くことはなかった。が、彼らから感じる雰囲気は、ダルガルの街並みと同じ穏やかな空気を纏っていた。
ここにいる冒険者と、首都にいる冒険者は同一人物ではないが、どの者たちもピリピリしていたのをよく覚えている。
恐らく、ダルガルの街が彼らをそのようにしているのだろう。
首都とは違い、家並みもまた温かったからだ。道沿いに置かれた、色とりどりの花は小さくて可愛らしい。主張し過ぎていない点もよかった。
「何だか、気持ちのいい街ですね」
「ここは首都に行く者と出る者たちが交差する街だからな。あまり気負うと、居心地が悪くなるんだ。だから敢えて、首都に近くても、田舎っぽくしているわけさ」
「田舎って……」
「メイベル嬢だって、そう思ったんじゃないのか。野暮ったい、とか」
確かに、私に対しては揚げ足を取るな、とは言ったけれど、それ以外にはするなんて。
「アリスター様! そういうのも禁止です。楽しく観光をさせてください」
「街の成り立ちを説明しただけじゃないか」
「では、余計な一言には気をつけてください、と訂正させていただきます」
「ふむ。それではつまらないだろう」
「大丈夫です!」
見るもの全てが真新しいのだから。それだけで十分だった。
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