第18話 寝起きの攻防

「キャッ!」


 いつ寝てしまったのか。さらに何故、こんな体勢で寝ていたのか。それらに驚く暇もないまま、私は馬車の中だということも忘れて飛び起きた。

 途端、すぐさまアリスター様に腕を掴まれて、抱き寄せられる。


 抵抗しようにも、長い溜め息のようなものが髪の毛にかかり、それもできなかった。


「っ!」

「本当に飛び起きるとは、な。予測していても、心臓に悪い」

「……あっ、すみません」


 ガタガタッとリズミカルな揺れを感じる。アリスター様の言うように、いかに危険な行為をしたのか、思い知らされた。

 下手をしたら、頭や背中、お尻まで打撲するところだったのだ。けれど、今の体勢は……。


 さっきのも恥ずかしかったけれど。こ、これはもっと……!


 何せ私は今、座っているアリスター様に抱き締められているのだ。それも、揺れる馬車の中、立っているため、ほぼ支えられていると言っても過言ではない。


「以後、気をつけますので、放してください」

「ダメだ」

「何故ですか!?」

「俺の膝が頑張ったんだ。褒美くらいは必要だろう?」

「意味が分かりません!」


 膝が痺れたのであれば、逆に体を引き離した方が楽なのではないだろうか。体を前に倒している状態よりも、後ろの背もたれに預けている方が、何倍もいいと思う。

 けれどアリスター様は、支離滅裂なことを平然と言う。


「ならば、暴れられないようにしているから、と答えれば満足か?」

「答え、いえ、質問の意図が分かりません。満足も何も、放してくれれば解決する話です。何を仰っているんですか?」


 そう問いかけても、アリスター様の腕は一向に緩む気配はなかった。しかし、私の体は気持ちとは裏腹に、変な方に主張をし始めた。


 ぐ〜〜〜〜〜〜。


「っ!」

「なるほど。俺が悪かった。考えてみればすぐに分かるというのに、配慮が足りなかったようだ」 

「あ、その……違うんです。だから、お気遣いなく!」


 とはいえ、この空腹をどうにかできる手段を私は持ち合わせていない。アタフタしている隙にアリスター様は、私を隣に座らせた。

 逆にご自身は席を立つ。馬車はまだ動いているというのに。


「アリスター様っ!?」

「大丈夫だ。それよりも、サミーがメイベル嬢にと持ってきた食事だ。先ほどのは恐らく、この匂いにつられたのだろう。気にすることはない」

「あ、ありがとうございます……」


 反対側の座席に置いてあったバスケットを手渡される。中には、包みが二つ。


 これは私だけではなく、アリスター様の分も用意してくれたのかしら。そうなると、考えられることは一つしかない。


「もしかして、私のせいで食事を取られなかったのですか?」

「何故だ?」

「バスケットの中に、包みが二つあるからです。これは、私とアリスター様の分ではないのですか?」


 すると、私の膝に置いてあるバスケットを覗き込む。本当なのかどうか、確かめるのはごく自然な行為だというのに、また距離が縮まってしまった。


「なるほどな。俺は腹が減っていないが、貰おうか」

「無理しないでください。私が食べますから」

「もうすぐ宿に着く。それまでに食べきれるのか。この量を、一人で」

「っ! 平気です!」


 体感としては、そこまでお腹は空いていないけれど、食べ出した瞬間、それは錯覚だったことが何度もあった。特に長時間寝た後は特に。

 だからサミーも、それを見越したに違いない。


 私は包みを取り出して、中にあったサンドイッチを口に入れた。すでに時間が経っていたため、パンに挟まっていたレタスにシャキシャキ感はない。

 けれど、ハムやチーズはそのままでも十分美味しかった。これなら、もう一食分は食べられそうだと、ふと顔を上げた瞬間、サミーの意図を履き違えていたことに気がついた。


「あの、やっぱり少しだけ手伝ってもらえませんか?」


 そう、一人で食べている気まずさだ。しかも、ずっとこちらを向いている。物欲しそうな顔をしていなくても、差し出したくなってしまう。


 だからもう一食分、用意してくれたのね。一人で食事をする時は、サミーも一緒に食べるように言っていたから。


「……最初から素直に言えばいいものの」

「そうですね。今回は反省しています。サミーの好意を無下にしてしまうところでしたから」

「何?」

「私は一人で食べるのが苦手なんです。憶えておいてもらえますか?」

「勿論」


 アリスター様はそういうと、私の手首を掴み、そのままサンドイッチに齧り付いた。


「ふふふっ。そういうところも含めて、お兄様と同じなんですね。アリスター様の方が豪快ですが」

「エルバートもするのか?」

「クリフもしますよ。二人とも、食事の用意まで待てないらしくて」

「……多分、違うと思うぞ」

「え?」


 私が驚いている間に、サンドイッチは半分以上無くなっていた。さすがは辺境伯様。どんな場面にも対応できるように、普段から心掛けているのだろう。

 そろそろ手を離すところかな、と様子を窺っていると、アリスター様からとんでもない発言が飛び出した。


「残りは食べていいからな」


 残りって、アリスター様。

 私は、自分の手よりも小さくなったサンドイッチの残骸を見た。


「ご自分で最後まで食べてください!」


 今度は私が、アリスター様の手首を掴む。このへそ曲がりめ、とばかりの勢いで。

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