願望

ボウガ

第1話

 ある女Bと付き合っていたAさん。ごく普通のサラリーマンで、バリバリ仕事ざかり、反面これといった趣味もなく、人やモノに夢中になる事などなかった人生だった。だが、あると気からその女に惹かれて夢中になった。


 その女は一緒にいるだけで幸せになるような不思議な力をもっていた。しかしそれゆえに彼女に魅了される男は多いようで、自分が一緒にいようともいいよってくる男は多かった。


 そのため彼は夢中で彼女をつなぎとめようとした。よりかっこよく、より清潔に、よりユーモアがあるように。一年の付き合いのうち、彼は自分でも見違えるほどに変わった。それも彼女のおかげだった。


 だが、あるとき彼女は何もいわずにふっと姿をけした。痕跡が何ものこらず、やっとみつけた痕跡をたどって、住居をたずねても、まったく別人が住んでいたりする。困り果てて友人に相談すると、彼はいった。

「君はなんでそんなストーカーみたいな事を」

「ストーカーって、まだ別れたときまったわけじゃ」

「いやいや、彼女のほうは嫌がってるようだよ、君は気づかなかっただろうが、何度も接触して、おいはらい、警察さえよぼうとしているほどだ」

「??一体何をいってるんだ」

 友人は声を細め、耳打ちをした。

「彼女、整形して別人になりすましているんだ」

「エッ……」

「名前などは初めから偽名だったのさ」

 彼はひどく落ち込んだ。今までのときめきは何だったのか、自分の成長は、彼女のためにそこまでしたのに、彼女もまた、そんな気合をいれてまで自分とわかれたかったのか。とぼとぼと帰路につくと、はっと思い出すこともあった。そうだ、常時のあとしつこく別れないでくれとないたことや、結婚を迫ったこともあった、考えていればあの時から自分は異常に執着していたのだ。

 やがて自宅につくと、家が騒がしい。何やら、煙いきもする。急いでかけつけると、自分の生まれ育った実家、母と二人暮らしの家が燃えているではないか。母は無事だったものの、家は完全にだめになり、取り壊し、安アパートに引っ越すことになった。


「ああ、もうめちゃくちゃだ」

 それから3年、なんてことのない退屈な日々をすごしていたが、母はその1年前に他界していた。もう家を持つ意欲もないし、それほどの稼ぎもない、このまま細々と生活して、散っていく人生なのだとあきらめて、日常をすごす、仕事をおえ、退勤、帰路につくと、自宅への途中で、懐かしい顔があった。

「B……」

 彼女であった。付き合っていた頃のまま、美しい顔立ち、ぼーっと眺めていると彼女はいった。

「ごめんなさい、しっかり決着をつけなければならなかったのに、決着をつけにきたのよ」

 近くのあいているレストランに入り、二人で昔話。とても楽しく有意義な時間、そして、彼女はあの頃の真相事を話してくれた。

「私ね……実は、ある神社で育って、山の裏手でいつもあそんでいて、そこにいるという山の神様にいつもお願いしていたら、神様に気に入られちゃって……それから、私の事を好きだっていってくれる人がふえたの、それまではまったく人気のない人間だったけれど、神様に気に入られてからはトントン拍子に人生がうまくいったわ、そして、顔つきもかわっていったの、そう、整形はしたわ、けれどこれ……また自然に元の顔にもどったのよ、神様が好きな顔に」

「え?」

 少し寒気がする感じがした。

「なんとなくわかったかもしれないけれど、神様は私に幸運を与えてくれたけれど、私の事を独占したいみたいなの、きっと死んだら魂は神様のものになる……そう、嫉妬深い神様だからね……お付き合いするまではうまくいっても、結婚やらのはなしになったり、愛が深くなると、神さまが相手の人を“連れて行ってしまう”のよ」

「かか……火事」

「そう、私は神様があなたに危害を加えないように、あなたと距離をおいたけれど、想いはあなたとともにあった、だから……あの時もあなたの家が災難にあったのだと思う……それから、私は居場所をかえ、あなたを忘れようとした、ようやく最近その決心がついたから、あなたに別れを告げにきたの、これであなたは自由よ」

 そうして彼女は自分の頬に口づけをした。ふっと、これまでの楽しい記憶や、つらい記憶や、喜怒哀楽の感情が自分の中から抜けていくような感じがあった。彼女は一人たち、レストランをあとにする。残されたAさんは、ひとり、彼女の後ろ姿をみて、ふと奇妙におもった。

「彼女……あんな顔をしていたか?それに、好きな感情もふっときえた」

 去り際に見た彼女の顔は、別れをつげられたからか、別人のように、そしてほとんど魅力のない、大多数の平凡な人間の顔に見えたのだった。






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願望 ボウガ @yumieimaru

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