護衛依頼(3)
「おーい、フクヤー。」
そういうニシの声で目が覚める。時計を確認すると、一時ちょうど。まぁ午前だろう。
「おはようニシ。交代の時間?」
「そう。あとはよろしくー。」
そう言ってニシは自分のテントに帰っていった。
夜の見張り番、といってもやることはあまり多くない。三番野営地には自動警備システムがあるから寝込みを襲う盗賊はそういないし、魔物除用聖域構築型……んーっと、なんだっけ?名前が長すぎてよく覚えていないが、魔物除け結界の魔導具も置いてある。だから、よほど強い魔物か盗賊でも来ない限り見張り番がやることはないと言ってもいい。
見張り番自体はイレギュラーを想定して立てておくのが普通だけどな。というわけで、焚き火を起こし直して見張り番を始めることにする。
うーん、わかってはいたが暇すぎるな。こういうときは、朝飯を用意して荷物を片付けるに限る。
朝飯は、今日は持ってきたパンで済ませるつもりだから特に用意はいらないな。荷物を片付けよう。
この時期は寒くないし、もう寝ることもないからテントは畳んでしまっていい。寝袋を畳んで、テントの布も畳み、ポールをもとに戻す。全部背嚢にしまって、これでよし。
夕食のゴミは寝る前に片付けたから、もう片付けるものもないか。暇になってしまった。本でも読めればいいが、暗すぎてとても読めたもんじゃない。パーティーとか組んでたら雑談でもすればいいんだけどな。ないものを望んでもしょうがない。剣でも振るか。
僕が振る剣は両手剣だ。基本的に質量で殴りながら刃で傷を付ける武器ではある。しかし、僕の持つ剣には斬れ味上昇のエンチャントが付いているから、豪快にぶった斬るということもできたりする。魔剣様々だ。
武器がだいぶ重いから、俊敏な動きで避けるということは難しい。だから足を止めずに、的にならないよう心がけながら剣を振っていく。
身体強化を施して、まずは横薙ぎ。一対多のときはこれが一番だ。ゴブリン共に囲まれているのをイメージして、足を動かしながら、一閃。うーん、あまり振り切れていない。これでは横から攻撃を食らってしまうかもしれない。
もう一度。次はしっかり振り切るイメージで、一閃。うん、これならよさそうだ。同じ感覚で剣が振れるように、何度か繰り返し素振りしていく。
身体強化がないなら、剣は真横に振ってはいけないらしい。なんでも剣の重さが活かせないとか。だけど、身体強化を使って真横にぶった斬れば有象無象をまとめてぶっ飛ばせるから、有用だと思う。喧嘩殺法だし本当かどうかはわからん。
次は一対一のときに使う大技だ。僕は斬り上げと呼んでいる。正直ダサいと思うし、いい名前ないかな。
左下に剣を構え、右上に思いっきり振り上げる。剣が自分の後方に来たタイミングで、思いっきりジャンプ。剣先を地面について、後方一回転。いい感じだ。
これぞ身体強化を利用した荒業、という感じがする。生身じゃ絶対にできない。でもこれ相手を斬りながら後方に逃げられるから便利なんだよな。これも何度か練習していく。
***
その他にも剣の側面当てや普通の斜め斬りを練習していると、もう四時半。焚き火もとっくに消えている。やっぱり何もなかったな。
ニシもメシヤ商会の方々も起きてきたようだ。みんなテントを片付けたり灰の処理をしたりしている。僕も灰を片付けないとな。というわけで、所定の置き場に灰をポイ。この野営地はこれで大丈夫。
あとは朝飯のパンを食べつつみんなの片付けを待とうかな。
***
午前五時。メシヤ商会のクルスさんが僕とニシのもとにやってきた。
「二人とも準備は終わっているようだな。今から森の街道を使って西の街に向かおうと思う。西の街には何もなければ十一時間ほどで着く見込みだが、七番と八番の間で襲撃を受けたという情報をこちらでも耳にしている。間違いないか?」
「ゴブリン三匹からの襲撃を受けたという話ですね。こちらでも伺いました。上位捕食者、たとえばオーガなどがいる可能性も考えているので、十分に警戒します。」
「俺が全部ぶっ倒すから心配無用だ。」
「それは頼もしい。それでは今日もよろしく頼む。」
「はい」「うす」
襲撃情報の共有はいつも通りおこなった。十分に警戒してもなにも探知器を注視する以外のことはできないわけだが、昔からある言い回しらしくみんなこう言っている。定型文みたいなものだ。
情報共有を終えた僕たちは、それぞれ各自の魔導車に乗り込んだ。昨日と同じように探知器と通話器のチェックを行い、本を開いていざ出発。何もなければいいんだが。
***
十二時三十分、七番野営地を通過した。そろそろ探知器を注視していた方がいいだろう。僕は読んでいた本を閉じた。
それから程なくして、探知器が反応した。この反応はかなり遠いな。とにかく、反応があったのでニシに連絡する。
「ニシ、探知器に反応あり。北東方向、おそらく3kmほど先。」
「うお、マジか。そんだけ遠くて反応するならゴブリンじゃなさそうじゃね?」
「うん、多分オーガぐらいの大きさだと思う。街道を走るとどうしても近付くから、出撃準備しといて。」
「了解。接近したらまた連絡くれ。」
そう言ってニシは会話を終えた。隣で運転しているメシヤ商会の人も話をちゃんと聞いていたようで、「大丈夫ですかね……」と言っている。でもニシがいれば全く問題ない。
それから五分ほど経っただろうか、探知器の反応的にはだいぶ近付いてきた。あ、目視もできたな。貧相な腰布を纏った、角の生えた赤い巨人。オーガだろう。ニシに連絡する。
「ニシ、オーガらしき魔物を確認。東方向だ。」
「こっちでも見えた。俺が出撃するからフクヤはここで待機。不意の襲撃に備えてくれ。」
「了解。商会の方々、車を止めてください。襲撃です。オーガ一匹を確認。」
車が停まり、ニシと僕は車を降りた。僕は周囲を警戒しながらその場に留まった。
ニシはオーガに向かって勢いよく走っていった。かと思えば、地面を思いっ切り蹴り、オーガの首をめがけて片手剣を振るう。オーガの首が落ちた。
やっぱコイツ強すぎるだろ。どういうことだよ。オーガの首ってめちゃくちゃ硬くて普通斬れないんだけどな。なんでただの鉄の剣でぶった斬れるのか、これがわからない。
ニシはギルドから貸与されている素材回収用マジックバックにオーガの死体を突っ込み、魔導車のところに戻ってきた。
「終わったぞ。やっぱオーガは雑魚だな。」
「そいつ一応Dランク級魔物なんだけど……。」
「なら雑魚じゃん。」
Dランク級魔物とは、Dランク冒険者パーティー四人で安全に倒せる程度の魔物のことである。別に十分強いし、雑魚では決してない。
「しかし、これ危険生物情報として情報提供しないとな。」
「うん?……あー、そんなんあったな。オーガって別に危険なほど強くないんだけどな。」
そう思っているのはお前だけだ。とは言わない。言っても無駄だからだ。
この調子だとニシは報告書を書かないだろう。僕が書くしかないな。
***
僕とニシが乗り込んでから程なくして、二台の魔導車は西の街に向かって進み始めた。
僕は探知器をチラ見しつつ、依頼板の報告書機能を使って報告書をまとめることにした。
えーっと。危険生物報告書はこれだ。場所は?西の街道、七番と八番の間。危険生物の種類と数は?オーガ、一匹。討伐済?討伐、死体回収済。責任者フクヤ、同行者ニシっと。これで大丈夫。
そんなことをやっているうちに、西の街の検問所に着いた。五時十四分。オーガに遭遇した割にはあまり遅れなかったな。こればっかりはニシに感謝だ。
検問を終え、魔導車は西の街へと入っていった。
***
【オーガ】(『やさしい魔物図鑑』より)
オーガは、赤い肌と大きな角が特徴的な、二足歩行型の魔物だ。
非常に環境適応力が高く、餌のゴブリンやコボルトを追ってどこにでも出現する。冒険者の間では『ゴブリンの群れるところにオーガあり』とも言われている通り、ゴブリンの群れを見つけたら真っ先に警戒すべき魔物だ。
オーガは冒険者ギルドによってDランクに指定されている。足はあまり速くないから、見かけたら素直に逃走するのがオススメだ。危険生物報告書の提出も忘れずにな。
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