護衛依頼(2)

 関所を抜け、僕を乗せた魔導車は街道を走り始めた。車の時計をチラ見すると、一時二十分。やっぱり荷物検査はそこそこ時間がかかる。


 護衛依頼でまずやるべきことは、移動型動的物体等探知確認器の起動である。正式名称は長いのでみんな探知器と呼んでいる。

 仕組みはよくわからないが、この球状の装置は、動いている物体を感知するとその方向に対応した部分が光る。距離によって光る強さが変わるから、探知器に慣れていればどのあたりにモノがあるのか大体わかるというわけだ。便利な世の中だ。

 これが無かった頃は常に探知魔術を展開していたらしい。そんなことができる冒険者はなかなかいないから、昔は魔術師ギルドから魔術師を助っ人として呼んでいたそうだ。大変すぎるだろう。

 探知器を起動し、動作確認を行う。前を走る魔導車を探知しているようだ。大丈夫そう。


 次に確認すべきは、発話式相互通信器だ。通話器と呼ばれている。そこは話通器じゃないのかと常々思っている。


「あー、あー、ニシ、聞こえるか?」


「聞こえるけど、なんの用だ?別に魔物とか見えてないが。」


「違う、通話器のテストだって。毎回やってるでしょ?」


「あー、そうだそうだ。忘れてた。」


「忘れんなよ……。」


 ニシはこの手のことをことごとく忘れる。重要だとは思っているようだが、覚えていられないらしい。大人しくソロで大物の討伐依頼やるのがコイツには向いてると思うんだけどな。


 ここまで作業を終えれば、あとは基本的に暇だ。こういうときはいつも本を読んでいる。今日はこれでいいかな。『月刊魔導具 九月号』にしよう。


 お、今月はケイトの魔導具構想のコーナーがある。これ面白いんだよな。僕ら凡人には思いつきもしないような構想が語られている。

 今月のテーマは、と。『魔導車の動力部を利用した生産の自動化についての考察』?なんかまたよくわからないことを言っているな。

 んーと、なるほど?僕にはよくわからない、ということがよくわかった。でもこんな構想が実現したらものづくりのあり方が随分変わるだろうな。それがいいことなのかはわからないけど。とはいえ冒険者にはあまり関係ないか。


 他の記事は、と。今月の新規魔導具はどんなのが出ているかな。確認してみようか。

 うーーーん……。あんまり有用そうな魔導具は無いな。残念。真上にただ飛んでいくだけの魔導具とか誰がどう使うんだろうか。こういう意味のわからない魔導具は月刊魔導具には載せてほしくないんだけど。まぁ月刊魔導具のメインターゲットは魔導具師だし、僕がなにか言うのもお門違いなんだろうな。


***


 探知器をときどき確認しつつ月刊魔導具を読んでいると、魔導車は三番の野営地にたどり着いた。時計を確認すると。六時十二分。あたりも暗くなってきたし、今日はここで野宿だろう。


「三番野営地に止めます。少し揺れますので気をつけてください。」


 そう言ったのは僕の乗る魔導車を運転している男だ。名前は聞いていない。


「わかりました。」


 それから程なくして、魔導車二台が停車した。周囲を確認しながら車を降りる。ここにはまだ僕ら以外誰もいないようだ。僕はニシとメシヤ商会の人達に声をかけた。


「完全に暗くなる前にテントを組み上げてしまいましょう。」


「そうだな。メシヤ商会は駐車場寄りの場所を使う。君たちもあまり遠くなりすぎない場所にテントを立ててくれ。」


「おう。……ってあれ?俺テントどこにしまったかな……。」


 ニシがなにやら怪しげなことを言っている。さすがにテント持ってくるの忘れたは洒落にならないんだが。……荷物全部広げて探してるな。ってか普通にあるじゃん、テント。


「おいニシ、テントそれだろ?」


「おー、あったあった。なんで自分で見つけられないかなぁ。」


 コイツは本当に注意力がなさすぎる。ニシと護衛依頼を受けるといつもこうなる。戦闘面は全部ニシに任せられるのはいいんだが、こういう細かいところの面倒を見る必要があるのがちょっと面倒だ。


 見つけたテントをさっそく組み立てるニシを横目に、僕もテントを組み立て始める。

 テントを立てる位置は……、この辺でいいか。ちょうど木陰になっていて日射しもある程度防げるだろう。風向きはこっちだから、テントはこっち向きかな。

 ポールを組み立てて、布を取り付ける。完璧だ。いつも通りペグを打って、動かないことを確認する。良さそう。あとは適当に寝袋を放り込んで、まぁこれで寝れるだろう。完成。

 しかしテントをワンタッチで組み上げられる魔導具とか誰か開発してくれないかな。そういうのがあれば絶対に売れると思うんだけど。


 ニシの様子も少し見てみる。さすがにテントの組み立ては大丈夫そうだ。ちょっと位置が悪いようにも思えるけど……。まぁコイツはそういうの気にするタイプじゃないし、いいだろう。いいということにする。


 テントも組み上がったし、次は焚き火だ。こういうときは、焚火たきび台型着火魔道具を使うと便利だ。これを使えば上に薪を置くだけで焚き火ができる。もちろん薪は用意する必要があるが。

 三番野営地は、利用者が多いからかよく整備されている。薪に関しても専門の業者が入っていて、使いやすい形に切られた薪が大量に置いてある。維持費はどうしているんだ、と思わなくもないが、商人組合で募っている組合費の一部をこういう設備に当てているらしい。我々にとっては助かる話でしかないな。

 設備がひどいところだと、斧が一本置かれているのみだったりするらしい。そんなところで野宿などしたくないと思ってしまうが、贅沢なんだろうか。


 とにかく、薪を取ってきて焚き火をする。いい感じに薪が燃えているな。

 あたりを見渡すと、ニシとメシヤ商会の方々もそれぞれ焚き火の準備をしている。あ、四番側、西の街側から商人らしき魔導車がやってきた。西の街からここまでだと12時間ほどかかるはずだから、きっと朝から一日かけてここに来たんだろう。お疲れ様だ。駐車場側陣取ってすまんな。


***


 向こうの商人とその護衛の冒険者たちも設営が終わったようだ。こういうときは、冒険者どうしで道中の情報を交換し合うのが慣例だ。どうせニシにこういうことを任せても上手くいかないので、自分が行くことにする。

 僕は向こうの護衛たちのところに行き、話しかけた。


「すいませーん、領都から西の街への護衛をしている、Cランク冒険者のフクヤです。今時間大丈夫ですか?」


「あ、大丈夫ですよ。西の街から領都を経由して東の街に向かう護衛をしているトオルです。Bランク冒険者です。そちらはどうでしたか?」


「領都からここまでの道中は特に襲撃等アリませんでした。そちらは?」


「七番と八番のちょうど真ん中あたりでゴブリン三匹と遭遇、討伐しました。近くに巣がある可能性もあるので、警戒してください。」


「わかりました。情報ありがとうございます。」


「あと、九番から十一番、十番を経由して三番で合流する山の街道はまだ使えなさそうです。」


「あー、やっぱりですか……。あそこも早くなんとかなってほしいですが、厳しそうですね。」


「そうですね……。」


 やっぱり山の街道は使い物にならなさそうだ。まぁあそこが復帰したところで勇気ある商人ぐらいしか使わなさそうだけど。再崩落が怖いし。

 情報交換はこの辺でいいだろう。話を切り上げることにする。


「情報ありがとうございます。こちらは食事の準備に入りますので、ここらへんで失礼します。」


「こちらこそ情報ありがとうございましたー。」


***


 適当にベーコンや野菜を焼き、パンと併せて夕食にする。と、豪快に焼いただけのバカでかい肉を片手に持ったニシがこっちにやってきた。それ中までちゃんと焼けてんの?

 ニシは肉を食べながらこちらに話しかけてきた。


「おーいフクヤ。見張り番順序どうする?」


「ニシに希望がないならいつも通り僕が後で。」


「あいよー。日付変わるぐらいに起こすわ。てか向こうの冒険者と何話してたん?」


「いや、普通に情報交換だけ。七番と八番の間でゴブリン出るらしい。」


「そうか。ゴブリンを餌とする魔物の存在ぐらいまでは考えておいたほうがいいな。」


「そうだね。あとやっぱり山は使えないって。」


「そっかぁ……。あそこ使えれば西の街なんてすぐなんだけどな。」


「それもそうだけど、まぁ仕方ないよ。じゃあ僕はご飯終わったら寝るから、また明日ね。」


 そう言って僕は話を切った。ニシは自分の焚き火に戻り、手に持った肉を網の上に置き直していた。やっぱり焼けてないじゃん。

 今日の飯は何もかも焼いただけだが、それなりには美味しい。こういうときの飯はこんなもんでいい。欲張るのはよくないからな。


 僕は飯を終わらせ、軽く片付けをして寝袋に潜った。おやすみなさい。


***


【商人組合】(『彩華辞典』より)

 より円滑な輸送と商売を実現するために設立された、商人による自治団体。現在では王国内のほとんどの商人が商人組合に所属している。

 商人組合の主な活動は、街道の整備と物資輸送量の調整である。商人組合の活動によって、王国内の円滑で過不足ない物資輸送を実現している。

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