護衛依頼(1)

 冒険者ギルドに入り、ギルドの時計で時間を確認した。六時四十分。まだ依頼はある程度残っているだろう。僕はギルドの受付端末からCランク依頼リストとD-Fランク依頼リストを選択し、依頼板という魔導具に依頼リストを読み取らせた。

 依頼板は手のひらよりやや大きい程度の板であり、読み取った依頼リストを表示する魔導具である。大変便利な魔導具だ。これがなかったら冒険者の依頼選びは百倍大変になるだろうな。

 そんなことはどうでもいい。僕が求める依頼は、とにかく安全そうな依頼だ。もちろんある程度危険がある以来のほうが報酬は高いが、別に命をかけるほどではない、と思う。安全な依頼で稼いだほうが長期的には得だろう。多分。


 そんなことを考えながら依頼板を眺めていたら、ちょうどいい依頼を見つけた。その依頼とは、西の街へ向かうメシヤ商会の商隊の護衛。メシヤ商会は主に食品を扱っている商会だ。携帯食料の調達でよくお世話になっている。

 商隊護衛依頼はそこまで難しい依頼ではないが、社会的信用が必要な依頼なのでCランクに指定されている。難易度で見ればDランクでいいように思えるが、ギルドや依頼者からするとDランクでは信用が置けないんだろう。


 依頼を受注するために依頼受付に並ぶと、知り合いのニシに声をかけられた。


「ようフクヤ。今日はどの依頼にするんだ?」


「僕はメシヤの護衛にしようかな。」


「また商隊護衛?お前よく飽きないな……。あの依頼暇だろ?」


 商隊の護衛は、敵襲が無ければただ馬車に乗って野宿するだけの仕事である。あまりにも暇なため、商隊護衛を嫌う冒険者もいるらしい。


「そういうニシはどの依頼にするんだ?」


「え、俺?俺はメシヤ商会の護衛だけど。」


「お前もかよ。じゃあさっきのはなんだったんだよ。」


「え?いやだって商隊護衛を好んで受ける人が減れば俺が商隊護衛依頼を受けられる。だから俺は商隊護衛のネガキャンをする。なにか変か?」


 胸を張ってそう主張するニシ。


「Aランクにもなって何やってんだお前……。」


 ニシは最高ランクのAランク冒険者でありながら商隊護衛以外の依頼をほぼ受けない変わり者だ。安全志向の僕もよく護衛依頼を受けるので、なんだかんだでよく一緒に依頼を受けている。


 そんなことを話していると、依頼受付から声がかかった。


「次の方どうぞー。って、フクヤさんとニシさんじゃないですか。お二人ともメシヤ商会の護衛依頼で?」


「そうだけど、俺たちが別の依頼を受ける可能性は考えないのか?ライカ。」


 ライカと呼ばれた受付嬢は、依頼受注の担当だ。特になにか理由があるわけではないが、僕とニシはここ領都では大抵ライカさんに依頼受注をお願いしている。


「だってニシさんは護衛依頼しか受けないじゃないですか。今残っている護衛依頼これだけですし。というか少しは他の依頼も受けませんか?」


「それは前も聞いた。でももう25だしいいだろそういうのは。」


25です、ちゃんと働いてください。話は逸れましたが、フクヤさんは今日のラインナップならメシヤ護衛を選ぶかなと思いまして。そこは勘ですが。」


「僕もメシヤ護衛で合ってますよ。今日の護衛はなにか注意点とかありますか?」


 ニシに喋らせていると言い争いが加速しそうなので、僕から今回の護衛依頼についての話を聞いた。


「今日は特に盗賊情報も危険生物情報もありません。護衛中に特筆事項が起こった場合、依頼終了報告時の報告が義務付けられています。必ず報告をお願いします。」


「了解です。ギルド支給についてもいつも通りですか?」


「そうですね。支給品はありませんが、食費として1食1000エンまでギルドに請求することが可能です。依頼受注を行ってから資金管理係の受付で手続きを行ってください。フクヤさんは大丈夫だと思いますが、食料購入時に必ず領収書を受け取り、差額分は必ず返してくださいね。」


「俺が大丈夫じゃないみたいな言い方するなよ……。」


 とニシは言っているが、コイツは大丈夫じゃない。僕が知っているだけでも領収書忘れを6回、返金忘れを7回やっている。


「ニシさんは罰則金を払えばいいと思っているようですが、いい加減な手続きをされるとこっちが困るんですよ?ちゃんとやってください。」


「はいはい、分かってる分かってる。ちゃんとやるよ。」


「まったくもう……。」


 ニシは戦闘能力以外の能力を捨てたような人間だ。ライカさんがいくら言ってもコイツが事務手続きをできるようになると思えないし、ニシの事務手続きは僕が手伝う必要があるだろうな。そもそもなんでこんな戦闘力全振りみたいな人間が護衛依頼ばっかり受けているんだ。謎でしかない。


「お二方とも冒険者カードをお願いします。……はい、大丈夫です。依頼受注が完了しました。集合場所は西門前、集合時間は午後一時です。護衛開始時にこの木簡を依頼主に渡してください。」


「はい、いつもありがとうございます。」


「おいフクヤ、依頼まで時間あるし訓練場で手合わせするぞ。」


 そうニシは言うが、それよりも優先するべきことがある。


「ニシ、その前に食費請求と食料調達だ。まさかさっきの今で忘れてたわけじゃないよな?」


「……いや、忘れてはねえよ?ちょっと後でもいいかなーって……。」


「ニシさん?……フクヤさん、ニシさんを連れて行っちゃってください。……次の方どうぞー。」


 次の冒険者の対応をし始めるライカさんを横目に、僕はニシを引っ張って資金管理係へ向かった。



***



 手続きを済ませて(不本意ながら)ニシと手合わせし、昼食を済ませて西門に着いた。懐中時計を見ると十二時五十分。西門には、メシヤ商会のクルスさんがいた。


「クルスさん、今日の護衛依頼を受注したフクヤとニシです。よろしくお願いします。」


 そう言いながら僕とニシは木簡を渡した。


「今日もよろしく頼むよ。冒険者ギルドからは今日の護衛は二人だけと聞いている。もうこちらの準備はできているし、出発するか?」


 そうクルスさんは言うが、全行程の確認を怠ってはいけない。依頼板で読んでいたとしてもだ。


「出発するのは構いませんが、行程の確認をしましょう。」


「そうだな。とは言ってもいつも通りだが。西の街へは明日の午後五時着を予定。山の街道は相変わらず崩壊していて使えないから、森の街道を使う。野営地は三番を使う予定。三番には午後六時に到着する予定だ。襲撃や雨で行程が遅れた場合、二番にずれ込む可能性もアリ。二番になった場合は七番か八番でもう一泊するのも視野に入れる。その場合の食料負担はこちらで行う。ここまでいいか?」


「はい」「おう」


 ◯番、というのは野営地のことだ。一番から八番まである。本当はもっと小難しい名前をしているらしいが、正式名称で呼ばれているのを聞いたことがない。


「魔導車は二台ある。君達は話し合ってどちらの車に乗るか決めてくれ。左の車が前、右の車が後ろだ。」


「俺は前に乗るからフクヤは後ろでいいか?」


「分かった。探知はいつも通りこっちで受け持つよ。」


「助かる。俺は探知ヘタクソだからな。」


 本当になんでコイツは護衛依頼専門でやっているんだろう……。ニシにとってはデカブツを倒す依頼が一番楽だろうに。


「決まったか?それじゃあ二人とも魔導車に乗り込んでくれ。二人とも、今回もよろしく頼む。」


「はい」「うぃ~」


 ニシが魔導車に乗り込むのを横目に、僕も魔導車の助手席に乗り込んだ。


***


【魔導車】(『月刊魔導具』より一部抜粋)

 史上最高の車が魔導具師ケイトから発表された。その名も『魔導車』である。

 魔導車は、空気中の魔力を動力源とし、最高速度70km/hで走行することができる。このシンプルなネーミングに、王国一とも評されるケイトの自信が感じ取れる。

 ケイトによれば、『魔導車という発明の本質は散逸魔力から電気を生み出すのに成功したことで、走ることなどどうでも良い』とのことだが、この男には何が見えているのだろうか。

 魔導車は、一般モデルと輸送モデルの2種類が発売される予定だ。長距離移動を必要とする高ランク冒険者や、輸送手段に困っている商人は是非手に入れることをオススメする。文字通り世界が変わるだろう。

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