第10話 本物と偽物

 賢者ノーマン様のところで食事を御馳走になるとアレクは目をこすり始める。

 まだ完全に疲れが取れないようだ。

 遠慮はいらないよとの言葉を頂いて、暖炉の前のソファでアレクは丸くなる。

 可愛らしい寝姿を確認するとノーマン様は水晶球を持ち出してきた。


「いくら勇者といえどもまだ子供。聞かせたくない話ですからな」

 そう言って笑うと呪文を唱える。

 水晶球の中に見慣れた人物が浮かび上がった。

 ヤーゲル王が激高して何かを叫んでいる。

 目の前では宮廷魔術師が困惑した顔を浮かべていた。


「ふぉっふぉっふぉ。王も焦っておるようじゃのう」

「どういうことでしょうか?」

「そりゃ、この国の行く末を左右する勇者たるアレク殿が居ないことに大慌てをしているところでしょうな」


「でも、王には勇者の印を持つ子供がまだ二人いますが」

「そんなのは王と子供の母親がそう言っているだけのこと。アレク殿が勇者の力に目覚めたのですよ。他の者に勇者の力が現れるはずがない」

 ノーマン様は自分の首筋をさすった。

「インク蔓の搾り汁で描いたのでしょうな。まやかしですよ」


「なぜ、そのようなことを……」

 質問しながら答えが頭に浮かぶ。

 ノーマン様は曖昧な笑みを浮かべた。

「その表情ではお分かりのようですな。王も愚かなことをしたものです。さて、そんなことよりも、アイディーン様はこれからどうされるのです? あのような男には恥というものがありません。きっと何もなかったかのようにお二人を呼び戻そうとするでしょう」


 水晶球の中では、ヤーゲル王が何かを叫ぶ様子が映し出されている。

 ノーマン様は薄く笑った。

「予想通りだ。お二人を呼び戻すように部下に指示していますな」

 私はピンとくる。


「お気遣いありがとうございます。でも、王が連れ戻すように命じているのはアレクだけでしょう?」

 あごひげをしごいて苦笑を浮かべた。

「なかなか賢くていらっしゃる。それで、いかがされますか?」


「国を出ろとのことでしたので、とりあえずベルーダ大公国に参ります。私に仕えてくれるものもおりますので、小さな館でも買って静かに息子と暮らせればと」

「それは難しいでしょうな。ご子息のことはベルーダでも当然察知しているでしょう」

 ノーマン様は首を振る。


 まあ、なるようにしかならない。

 私は夜分に騒がせたことを詫びて暇乞いをした。

 しかし、泊っていきなさいと強く引き留められる。

「安心なさい。このノーマンはどこの国にも仕えておりません。仲睦まじい親子の姿を見せてもらい心が温かくなったほんの礼じゃ。アレクが覚醒したのもあなた様を深く慕っていたからでしょう」

 結局好意に甘えてノーマン様の客となった。

 

 翌朝の食事までご馳走になってから出立する。

「ノーマン様。どうもありがとうございました」

 お礼を述べるアレクを優しげな眼でノーマン様は見ていた。まるで孫を眺める祖父のような顔をしている。

 私からも深く礼を言って庵を後にした。


 馬車を走らせエルタニア王国とベルーダ大公国の国境を越える。

 国境とはいっても検問所があるわけでなく、ジェームスがおそらくそうだと言うだけであまり感慨はなかった。

 引き続き馬車は進んで、午後も遅い時間になったところで下り坂にさしかかった。


 曲がりくねった道の先にそれほど大きくない湖畔に人家がいくつか建っているのが見える。

 御者台に座るジェームスが今夜はあそこに泊まりましょうと提案した。

 むろん私に異存はない。


 近づいてみると快適そうな宿もあって、それなりに戸数もあるのだが、妙に沈んだ雰囲気が漂っている。

 ジェームスが手配した部屋に腰を落ち着けた。

 夕食後にアレクを寝かしつけながら私も寝落ちしてしまう。

 目が覚めて窓辺に寄ると月明かりが湖面に反射して美しかった。


 フレンチスタイルの窓だったので留め金を外して窓を開ける。

 するとテラスからいきなり声が聞こえた。

「美しいお嬢さん。中に入ってもいいですかな?」

 目に金色の光を湛えた耽美系のイケメンが1メートルほど離れたところで笑みを浮かべていた。

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