第9話 森の賢者
アレクは馬車の中で眠り続ける。
途中、小休止したときも、目が覚めなかった。
用意してくれたお茶を飲むために、私はアレクを抱っこして降りる。
重いは重いのだが、多幸感が大変さに勝った。
あまりにこんこんと眠り続けるので不安になるが、顔をのぞき込むとむにゃむにゃ言いながら笑みを浮かべる。
その様子を見ていた扈従の人々が目を細めた。
私に仕えているということもあるのだろうが、アレクのこの姿を見れば誰だって心がほぐれるに違いない。
まあ、約二名ほどそうじゃないのがいるか。
片方は一応父親なんだけどな。
そんなダメな男の悪口を生前のアイディーンはアレクの耳に少しも入れていない。
まったく顔も見せないことに対しても、お仕事が忙しいのでしょう、と言い聞かせていた。
聖人としか言いようがない。
こんな母親に育てられたからアレクもこんないい子になったのだろうな。
そして、アレクの不思議な力だけれど、これはもう勇者としか考えようがない。
アレクのお気に入りの写本の中の勇者も強烈な雷で敵を駆逐する。
魔法自体はありふれているとまでは言えないものの、この世界では他に使える者がいないわけじゃない。
ただ、この雷の魔法は勇者だけのものとされていた。
魔法を使える者といえば、この近くに深き森の賢者と言われている偉大な魔法使いがいたはずだ。
ジェームスがエルタニア王国側の国境近くの町で一泊するかどうか尋ねてきたが、そのまま馬車を走らせ、深き森の賢者が住むという庵を訪ねることにした。
日が暮れる前には賢者が住むという場所にたどり着く。
なんか想像していたのと違った。
森の中の一軒家を想像していたが、街道沿いにある宿場町なみに人家がある。
ようやく目を覚ましたアレクを伴って賢者の家を訪ねた。
白いあごひげを生やした賢者ノーマンは私たちを暖かく迎える。
アレクを見て目を細めた。
「して、私を訪ねて頂いたのはどのようなご用向きかな?」
「賢者ノーマン様。私の息子についてお聞きしたく参りました。アレクは、その……勇者なのでしょうか? その力を使った後に深い眠りにつきましたが、体に悪いということはないのでしょうか?」
ノーマンは大きく頷き、アレクの方を見る。
「勇者というのは間違いないだろうね。今日、大きな力を感じたが、あれは君が使ったものだろう? いきなり大きな力を使った感想はどうかね?」
「あまり良く覚えていないのです。お母様のことが気がかりで夢中でした」
ノーマンは相好を崩した。
「そうか。お母さんのことは好きかね?」
「はいっ。もちろんです。世界で一番大好きです」
「そうか。そうか。なるほどな。アレク。そなたは大きな力を持っている。それをどのように使うつもりだね?」
「僕、よく分からないです。でも、お母様を守るために使いたいです」
ノーマンはひげを震わせて朗らかに笑う。
「アイディーン様。大丈夫ですよ。アレク殿はあなたが考えている以上に大人だ。大きすぎる力の使い方をよく分かっています。それを忘れない限り、体や心に悪影響はないでしょう」
回答にひと安心するが新たな疑問ができた。
「ノーマン様。アレクが力を使ったのを御存じのようでしたけど、離れていてもお分かりになるものなのですか?」
「魔術師の端くれですからな。神の雷の魔法が使われたことを感知するぐらいは当然分かりますとも」
「それは、ノーマン様ほどの力がある方だから分かるのですよね?」
「いやいや。魔術師と名乗る程度の力があれば分かります。恐らく、エルタニア王国の宮廷でも勇者が覚醒したと今頃大騒ぎをしているのではないですかな」
そうか。分かるのか。
報告を受けたヤーゲル王が額にしわを寄せる姿が想像できた。
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