第8話 まさかの再会

「お母様!」

 目をキラキラと輝かせたアレクが私の胸に飛び込んでくる。

 なぜ、ここに?

 アレクは手を精一杯伸ばしてぎゅうっと私にしがみついてきた。


「お会いしたかったです」

 私の頬に手を伸ばすと同時にアレクの輝いていた顔が曇った。

「お怪我をされてます。どうしたのですか?」

 ようやく呼吸が落ち着いた私はそれどころではないことを伝えようとする。


「ア、アレク。急いで逃げないと。化け物がすぐそこまで」

 ズシンと大きな振動がして、飛んできた土くれがざっとふくらはぎを叩いた。

 最期に一目アレクに会えて良かった、と思いながら膝をつく。

 まだ小さな体を街道の方へと押しやろうとした。

「アレク。逃げなさい!」

 この瞬間、恐怖は消えてアレクへの愛おしさが体に溢れる。


 アレクは私の手をかいくぐるようにしてにこりと笑って私の無事な方の頬にキスをした。

 私から顔を離すとアレクの雰囲気がギンと変わる。

 まなじりがきゅっとつり上がり、柔らかな栗色の髪の毛が逆立った。

 私の手をかわしてアレクは巨人の方へと進む。


「お母様を、苛めるなあっ!」

 叫んで右手の掌を突き出すと触れもしないのに巨人の馬鹿でかい図体が、フルスピードの十トントラックがぶつかったかのように後方に吹っ飛んだ。

 アレクが何かをつぶやく。


 言葉が終わると同時に仰向けになった巨人へ空から雷が落ちた。

 雷鳴が空気を激しく震わせる。

 ぼんやりと眺めるアレクの首筋には三角形を重ねた模様のあざが浮き上がっていた。

 その向こう側では巨人だったものの残骸が黒こげとなってブスブスと煙をあげている。


 天を衝いていた髪の毛がファサリと落ち、アレクは私を振り返った。

 怒りの表情は消えて私の全身を気遣わしげに観察する。

「ああ。お母様。あちこち怪我をされています。ちょっと待っていてくださいませ」

 両手を広げて空を仰ぐと朱色の唇を開け閉めした。

 手足や頬の傷が暖かくなったと思うとくすぐられるような感じがする。


 腕に視線を落とし、乾いた血を擦ると傷が消えていた。

 なにこれ?

「さあ、お母様」

 手を差し伸べてくるアレクに促されて立ち上がる。


 兵士たちが呆然と立ちつくす中を、アレクに手を引かれるようにして歩いていった。

「これは勇者の……」

「……グレイジャイアントを一撃」

 誰も私たちの道を阻もうとしない。


 街道に止めてある馬車の近くには、数人が佇んでいた。

 執事のジェームスが片膝をついて長身を折り曲げる。

「奥方さま。いえ、失礼しました。アイディーン様。ご無事でなによりでございます。お迎えが遅くなりまして申し訳ありません」


 横からアレクが取りなした。

「お母様。ジェームスはね、凄く頑張ったんだよ。僕一人ではここまでたどり着けなかったもの。ありがとう、ジェームス」

 状況がよく分からないけれど、長年忠節を尽くしてきたとアイディーンは頼りにしていた人物だし、アレクがそう言うならそうなのだろう。

「急場によく駆けつけてくれました。私からもお礼を言います」

「勿体ないお言葉にございます。ああ、こんなところで立ち話もございますまい。馬車にお乗りくださいませ」


 馬車に乗り込むとアレクは慌てて口に手を当てる。

 あくびが出てしまったようだ。

 目尻に少し涙が溜まっている。

 たちまち真っ赤になった。


「お母様。お行儀が悪くてすいません。でも、僕、ちょっと疲れてしまいました」

 私はアレクに手を差し伸べて、身を横たえるように誘う。

 腿に頭を乗せたアレクの髪を指ですいてあげた。

「少しおやすみなさい。そうだ、あなたにまだお礼を言ってなかったわね。ありがとう。とても頼もしかったわ」

「お母様にまた会えて本当に嬉しいです。これからは僕がお母様を……」

 限界がきたのか、アレクはすうすうと寝息を立て始める。

 その姿は先ほどの勇姿が嘘のように優しく平穏に満ちたものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る