第7話 巨人の襲撃

 森の中を走っているとよけ損ねた枝が激しく頬を打つ。

 鋭い痛みに手で触れてみるとかなりの血が付くが気にしていられなかった。

 薮をかき分け、倒木を飛び越えて私はうっそうとした森の中へと走っていく。

 後ろから狼狽した兵士たちの声が聞こえた。

「逃がすな。追え」

「絶対に捕まえるんだ」


 アイディーンの体は素晴らしい。

 まだ若いということもあるのだろう。これだけ走っているのに息が乱れるということもない。

 そんな状況ではないが、自由に森の中を駆けるのが楽しくなってきた。


 転生前の世界の私がこんなふうに走ったのはいつのことだろう。

 濃い緑の香りを吸い込み走り続けた。

 追いかけてくる気配がしなくなって速度を緩める。

 それと共に胸の内にあった高揚感が消えた。


 ここはどこだろう。

 アイディーンが持っていた知識の中に正確な地図情報はない。

 そもそもこの世界に正確な地図というものがあるか疑わしかった。

 それに私がいる場所は森の中で、目印になりそうなものは何もない。

 仕方なくそのまま歩き続ける。

 気がつけば服のあちこちにかぎ裂きができ手足にはいくつもの切り傷ができていた。

 アドレナリンの分泌が減ったのか、自然と心も沈む。


 神様さあ、私に生きていて欲しいならもうちょっとはケアしてくれても良くないですか?

 因縁のある元夫によって子供から引き離されて追放された挙げ句に、集団レイプされそうになってどこだか分からないところを彷徨っているなんてあまりに酷い。

 そもそも、神様はなんで私に生きていて欲しいのだろう?


 謎を抱えたままどんよりとした気分で歩いていると、前方から大きなバキバキという音が近づいてくる。

 なんだろうと思っていたら、すぐにその正体が姿を現した。

 推定身長六メートル、体重一トンの灰色の体をした巨人が木々の間に見える。

 私に目を留めるとぎらりとした乱ぐい歯を剥き出しにして口を開いた。


 たらりと凄い量のヨダレがたれる。

 ヨダレは胸を汚して糸を引き地面にべちょっと落ちた。

 巨人は布きれ一枚身に付けていないので、一メートル近いアレも丸見えになっている。

 テレビならモザイク処理大変だろうな、などという下らないことが頭に浮かんだ。


 私はクルリと向きを変えると猛然と走り始める。

 巨人は野太い雄叫びをあげた。

 身をすくませそうになるが、懸命に手足を動かし続ける。

 アイディーンはでかい化け物のランチになりました、が最期の一文になる人生なんて嫌すぎる。

 この世界、悪意が強すぎませんかね。


 死に物狂いで走ったが、ドシンドシンという音をたてて、巨人が追いかけてくる音が聞こえる距離がどんどん縮まっていった。

 前方に数名の兵士が見える。

「いたぞ! 女だ。逃がす……」

 嬉しそうな声は尻すぼみになった。


 あろうことか、兵士たちは我先にと逃げ出す。

 逃げんな。お前ら戦うのが仕事だろうが。

 叫びたいところだが酸素の無駄なので思うだけにする。

 私はさらに脚を忙しく動かした。


 巨人の足音が止まったと感じて、ついつい振り向く。

 逃げ遅れた兵士を両手でつかんだ巨人が大口を開けたところで顔を前に向けた。

 断末魔の叫び声が途絶えて、ゴキッバキッという音が響き渡る。

 逃げきれなければああいう死に方になるわけだ。

 冗談じゃないわよ。


 息も上がって脚の筋肉も痛みを訴えていたが、無理やり動かす。

 しばらくすると前菜を食べ終わった巨人との追いかけっこが再開となった。

 前方に私が乗っていた馬車が見え、街道には別の馬車も止まっているのを認める。

 その瞬間に向こうから私めがけて走ってくる者がいることに気が付いた。


 

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