第4話 言いがかり

 この世界に転生して五日目にして謁見の間に呼び出される。

 危惧していたよりも展開が早かった。

「アイディーン。そなたには不義密通の疑いがある。申し開きはあるか?」

 玉座に座り脚を組んだヤーゲル国王が気だるげに左手で頬杖をついた姿勢のまま、刺々しい言葉を口から吐き出す。

 その脇に置かれた椅子には肉感的な体を衣装に包んだジェーンが座っていた。

 本来ならば正妃しか座れない椅子の上から馬鹿にしたような目線を送ってくる。


 ああ。見かけは違うが、中身は間違いなく克彦と春香だと確信した。

 私は強制的に跪かされた姿勢のまま無駄と知りつつ否定の言葉を述べる。

「陛下。私に疑いの目を向けられるのはどのような理由があってのことでしょう? 私が純潔のまま嫁いだことは陛下も良くご存じのはず」


 ヤーゲル国王は鼻を鳴らした。

「何を申し開きをするかといえば、そのような昔のことを。確かに嫁いできたときはそうであったかもしれないが、お前の息子は俺の子ではない。その証拠は、お前の息子には勇者たる資格を示す聖なる印がないことだ」


 傍らのジェーンを手で示す。

「ジェーンとの間にできた私の息子二人オズボーンとロールスには二人とも聖なる印がある。これほど明確なものはあるまい」

 私は左右に視線を走らせた。


 廷臣たちは七割がたがヤーゲル王にこびへつらうように私へ避難の視線を送っている。

 残りの者たちも私に対して同情的ではあるようだが、積極的に弁護しようという様子は見られなかった。


 DNA鑑定をしろと言いたいところだが、この世界にそんなものはない。

 そもそも、勇者の能力の遺伝は完全顕性のはずがないのだ。

 完全顕性ならば、ヤーゲル自身にも特徴的な痣と勇者の能力があるはずである。

 そうでないということは、遺伝の観点からはヤーゲルの子供全員に勇者の印が現れなくても、血を引いていないという証明にはならない。


 ただ、その説明をしたところで、理解されるとは思えなかった。

 中学生レベルの生物学の内容だが、この世界においては遺伝というのは全く存在しない概念である。

 口にしたところで周囲から頭がおかしくなったと思われるのがオチだった。


 しかも、ヤーゲルの中身である克彦にアイディーンにも異世界人が転生しているという確信を与えてしまう。

 今の様子からすると、私がアイディーンの中にいるということは分かっていなそうだった。

 もし露見したら確実に再び殺そうとするだろう。


 色々と言いたいことはあるが、この場で通じそうな言葉は限られる。

 地味にフラストレーションが溜まった。

 アレクが外見上はあまりヤーゲル王に似ていないのも事実である。

 それがいいところでもあるのだが、この場においては不利な材料でしかない。


「神に誓って不貞の事実などありません。確かにアレクには今はあざはないでしょう。しかし、過去には長じて顕現したこともあると聞きます。判断するには早すぎるのではないでしょうか」

 私の抗弁は虚しく響いた。


「夫であり国王でもある私の意見に異を唱えようというのか」

 ヤーゲル王は眉を寄せる。

 ああ。不機嫌になったときの克彦にそっくりだ。

「申し開きがあれば言えとの仰せだったかと思いますが」


 王らしくない舌打ちの音がする。

「まったく口の減らない女だ。自分より賢いものはいないと自惚れているのだろう。心の中では私のことも馬鹿にしているに違いない。まあ、よい。誰か本件について意見のある者はおるか?」


 ヤーゲル王は群臣を見渡した。

 私もそっと視線を走らせるが、私のために弁護しようという者は誰もいないらしい。

「遠慮なく申してみよ」

 わざとらしく重ねて問う声が私の頭上を通り過ぎていった。

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