第3話 私の立場

 さて、新しい私の状況を再確認しておこう。

 私はアイディーン・ベルニカ。エルタニア王国の王妃である。

 前世と言っていいのか、嶋田サユリと比較すると中小企業の一人娘から王妃というのは華麗な転身と言えなくもない。


 ただ、エルタニア王国というのが微妙な国だった。

 この世界はいくつかの国に分かれているが、その中でもまあまあ大きな領土を有している。

 ただ、その位置が人類の不倶戴天の仇敵である魔族の住処に近かった。


 魔族とは長く抗争を続けており、戦況は一進一退であるが、このところ押され気味である。

 オリジナルのアイディーンが亡くなったのも、前線である砦に激励に向かう途中での事故だった。


 エルタニア王国は、もともと遥か昔に魔族を統べる魔王を倒した勇者が開いた国であり、その子孫には時おり勇者の力を継承した者が生まれてくる。

 勇者は特に魔族に対してやたらと強いのはいいのだが、その力に頼り過ぎているため、勇者が居ない時期にはずるずると押されてしまう。

 

 私の夫であるヤーゲルは勇者としての能力を持たないただの人であった。

 特に統治者として優秀でもなく、容姿に恵まれていることを除けばごく普通の男だったが、勇者の血を引いているということを誇りにしている。

 そして、自分の子供は勇者として生まれてくるという謎の確信を持っていた。


 そのため政略結婚で娶った隣国出身のアイディーンとの間にできたアレクサンダーに、歴代の勇者の首筋にあった特徴的な痣が無かったことに落胆する。

 そして、産後の肥立ちが良くなかったアイディーンがなかなか床払いができないことを理由に、次から次へと新しい女をベッドに上げた。


 多くは関係が長続きせず、子供もできなかったが、ジェーンとは継続して関係を持ち続けている。

 正妻であるアイディーンが回復した後も寝室は別のままだった。

 ジェーンが懐妊し、アレクサンダーが1歳を過ぎた頃にオズボーンを生む。

 そして、オズボーンの首には薄い三角形のあざがあった。


 それから3年が過ぎた今では、もう一人、ジェーンとの間にロールスという男の子ができ、この子供にもあざがある。

 今では王宮にはジェーンとその二人の子供が住み、アイディーンとアレクサンダーは敷地の片隅にある別棟へと追いやられていた。


 一応、現在でも国王ヤーゲルの正妃はアイディーンである。

 嫡子が居なければとっくに廃してジェーンを正妃に据えていただろうというのが、都に住む者たちの共通認識だった。

 絶対権力者である国王にも世間体というものがある。


 もとのアイディーンは健気な女性だったようで、このような酷い扱いにも関わらず、打ちひしがれることもなかった。

 どうもアレクサンダーの成長を楽しみに生きていたらしい。

 まあ、その気持ちは私にも分かる。


 ただ、事故にあう直前にヤーゲルに、正妃の座をジェーンに譲らないならアレクサンダーを廃嫡すると脅されていたのはさすがにこたえたようだ。

 そのため、不慮の事故で亡くなった時に、自分が居なくなれば、子供の地位が安泰となると考えて蘇生を拒んだのだと私は推測している。


 ヤーゲルの善性を信じての行動なのだろうが、見込みが甘い気がした。ジェーンを正妃にするだけで満足するとは思えない。

 ひょっとすると、長年の仕打ちに心が折れたのかもとは想像できた。

 いずれにせよ、今は私がアイディーンの体を継承している。


 私の置かれている状況はあまり芳しくない。

 国王に疎まれている正妃という立場には刑死又は追放のフラグが立ちまくっていた。

 そして、さらに悪いことに現在の国王と愛人の中身は、克彦と春香である。

 アイディーンを排除することにためらいを覚えるとはとても思えなかった。


 現段階でも既にアイディーンの扱いは王妃としては慎ましいとしか言いようがない。

 別棟は王宮の建物の中では一番みすぼらしいし、仕えている者も執事のジェームスを始めとして、婚姻時にアイディーンが引き連れてきた者ばかりである。

 他の者は近寄りもしなかった。

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