第2話 異世界転生?
「お母さま。大丈夫?」
体をそっと揺すられ目を開ける。
私は見慣れぬベッドに横になっていた。
あれ? 私は車ごと海に落ちて……。
「お母さま?」
天使のような声が再び左の方からする。
そちらに頭を傾けると、4、5歳ぐらいの可愛らしい男の子が心配そうに私のことを見つめていた。
くりっとしたつぶらなダークブラウンの瞳、それを彩る長い睫毛、すっと伸びた鼻筋に、ふっくらもちもちとした頬を持つ男の子が、触れたくなるような赤い唇をきゅっと引き結んでいる。
男の子は襟元にひらひらのついた仕立ての良さそうなシャツを着ていた。
か、可愛すぎる。
え? 私のことを「お母さま」と呼んでいた?
「お母様。お加減いかがですか?」
首を振って左右を見回しても、この場には私とこの子しかいない。
確固たる意思を持って返事を待っている男の子の揺るぎない視線が眩しかった。
何か答えなければいけないようね。
このような状況で確認すべきことはまず二つ。
現在地と私が何者なのか。
「ここは誰? 私はどこ?」
あ、混乱のあまり言い間違えてしまった。
意味不明な発言にも関わらず、男の子は柔らかな笑みを浮かべる。
「ああ、お母様。熱がおありなのですね」
小さな手が伸びてくると私の額に当てられた。
すべすべとして少しひんやりとした感触が心地よい。
男の子は小首を傾げた。
「あまり、お熱はないようです。でも、具合が悪いのでしょうか?」
心配でたまらないというように面輪が歪む。
なにか声をかけないと。どうしよう。
その瞬間、頭の中でベルが鳴り響いた。
「インストール完了。チュートリアルを開始します」
私、アイディーン・ベルニカのこれまでの人生が流れ込んでくる。
情報過多だったが、とりあえず今一番必要なことは分かった。
男の子の小さな手を握り返す。
「大袈裟ね。私の大切なアレクったら」
アレクサンダー王子の憂い顔が消え、みるみるうちに笑顔になった。
「ああ、良かった。お母様の乗っていた馬車が谷底に落ちたと聞いて心配していたのです。もう、僕が分からなくなったのかと思いました」
うん、まあ、それはその通りなのよね。
本当のアイディーンはワイバーンに襲われて亡くなっちゃっている。
器たる肉体は神様が再生したのだけど、肝心の中身の魂はよみがえりを拒否した。
よく分からないが神様にはアイディーンには生きてもらわなくてはならない事情があるそうだ。
で、ちょうど死んだばかりで都合がいいやということで私が中に放り込まれたということらしい。
なぜ、私が選ばれたかというと、アイディーンが亡くなったときの状況が関係している。
そのときにアイディーンの夫であるヤーゲルとその愛人のジェーンも別の馬車に乗っていて、やはり谷底に落ちて死亡していた。
転生させるには三人同時である必要があり、さらにその関係性が同じ方が望ましい。
つまり、男一人に女二人の三角関係が成立し、なおかつ、ほぼ同時に死亡という条件に一致したのが私というわけ。
どうも、私を海に落したすぐ後に、落ち合った克彦と春香が仲良く暴走トラックにはねられたらしい。
因果応報としか言いようがなかった。
あまり嬉しくない偶然であるが、これで転生の条件は整う。
目の前のアレクサンダー王子に視線を戻すと、物足りなさそうな表情をしていた。
えーと、これは……。
私はアレクサンダー王子を引き寄せると、いつもアイディーンがしていたように頬にキスをしてあげた。
唇にベルベットのような感触がする。
たちまちアレクサンダー王子は眩しい笑みを浮かべ、私の頬にお返しのキスをしてくれた。
こんな可愛い子が私の息子なのか。
ずっと待ち焦がれていた私の子供をこういう形で授かるなんて。
嬉しさが胸に広がると同時に夫に殺害されてからの展開が急すぎて眩暈がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます